バルサミコ酢レシピ その15 いちじくと生ハム、パルミジャーノレッジャーノ チーズの前菜

今年はいちじくの出来がとっても良いらしい。市場の八百屋にも山積みになって売っている。

雨が降ってしまうと、熟したいちじくはすぐに腐ってしまうから、雨が降る前の今が一番美味しいよおーと市場のおばあさんに声をかけられる。なるほどさっぱり雨の降ってこない今年はいちじくには最適な天気というところか。我が家のいちじくもものすごく甘い。ちょっと油断すると全て鳥に食べられてしまったり、蜂が実のお尻の部分に入り込み、実空っぽにしていたりする。

我が夫、パッと木から採って知らずに口に入れ、蜂に口の中を刺され、大騒ぎになったことがあるので、要注意である。

そんな甘い甘い完熟したいちじく、バルサミコ酢と相性バッチリ。甘すぎてちょっと苦手と言う方はさっとバルサミコ酢をかけると、スッキリと食べられます。

そんな旬のいちじくを、エミリアロマーニャ州の特産物、生ハムとパルミジャーノレッジャーノ チーズと合わせた前菜をご紹介します。

スライサーがあるので、生ハムは塊を購入します。切り立ては最高ですよ!

材料

4人分

いちじく 10個

ローズマリー 一枝

生ハム   150g

パルミジャーノレッジャーノ チーズ 適宜

作り方

焼いたいちじくとバルサミコ酢の相性も良く、生ハムとパルミジャーノレッジャーノ チーズの塩味とも相性抜群。この焼きいちじく、サラミやチーズ類だけでなくも肉料理にも、タルトやアイスクリームなどのデザートにも合わせても美味。

今回は動画でもレシピを作りましたので、こちらも合わせてどうぞ。

バルサミコ酢レシピ その14 イタリア風冷奴バルサミコ酢仕立て

朝晩随分と涼しくなってきたモデナ。葡萄畑もあと数週間で収穫となりそうです。

バカンスから帰ってくると、畑のトマトの支柱が上の方になったトマトの重みで倒れ、必死に収穫。

生で食べるには限界があるので、トマトジュースにしたり、パスタソースにしたり必死に加工。

ミニトマトも山のように収穫。こちらは大量にセミドライにして、冷凍庫で保存します。

9月の太陽では乾かしている最中に、カビが生えてくることもあるので、低温のオーブンで乾かします。

甘みが増して、まるでドライフルーツのよう。

天板ごと冷凍庫に入れ、凍ったら、保存容器にいれて、冷凍しておくと、冬の間本当に重宝します。

今日はそんなドライトマトを使ったイタリア風冷奴をご紹介します。

材料 4人分

豆腐 1

ミニトマト 適宜

オリーブオイル大さじ2

塩     適宜

作り方

オリーブオイルは、エクストラバージンオリーブオイルの良いものをお勧めします。薬味を使っていませんが、良いオリーブオイルは独特の辛味、や香りが薬味の代わりをしてくれて、全く違うタイプの冷奴が楽しめます。

お醤油の代わりにバルサミコ酢を

鰹節とバルサミコ酢はとても相性がいいんです!発酵食品同士のなせる技でしょうか?お醤油の代わりにバルサミコ酢と少量の塩をかけて、食べるとまた違う美味しさを楽しまれるのもまたおすすめです。

夏恒例!トマトソース作り

残暑お見舞い申し上げます。

今年の夏はとても暑くて雨が少ないそんなモデナです。

真昼の太陽はジリジリと焼けつくよう

日本の皆さんはトマトと言えば、南イタリアを想像するかもしれませんが、実は私が住むエミリア・ロマーニャ州は加工トマトの生産量がイタリアでなんと第一位。

加工トマトというのは、加工されたもの。という意味ではなく、加熱加工向きのトマト。生食用のトマトと比べ、皮が硬く、支柱栽培ではなく、スイカのようにごろごろと地中に這わせて育てています。以前イタリア好きのweb通信で書いたものがあるので、詳しくはこちらから。

ご近所の農家さんが栽培している完熟トマトを毎年8月の頭から中旬にかけて買いに行きます。

農家の葡萄畑の間に無造作に積み上げられている、トマト、トマト、トマト!機械で摘むのですか?と聞いたらうちは全部手摘みだよ。と!まあこの暑い中本当にご苦労様です。

こちら一部、葡萄畑の葡萄の木の間に他にもたくさん積んでありました。トレーラーみたいなもので買いに来る人がたくさんいるらしいです。

60kgください。と言ったら、箱を持ってきてくれてきたからおまけね。使うでしょ?と、10kg余分にくれるおじさん。

今年はいいできで、完熟だから、今日明日中に加工してね。と

総重量70kg。

田舎の車は何を載せるかわからないので、ダンボール敷き詰めてます

帰ったら早速瓶の洗浄。これが結構手間がかかる。

大体一本1kg強入る予定なので、70本を用意します。

これで半分くらい

翌日家族総出で、暑いので早朝6時から瓶の煮沸、トマトの洗浄。地面で育っているので、かなり土がついているので、一つ一つしっかり洗います。葡萄作業に使う大きな入れ物を出してきて、子供たちが洗浄係。大体最後は水遊び。夏休みですからお手伝いも楽しまないとね。

3回水を替え、よく水を切ったトマトをどんどん半分に切っていきます。中まで真っ赤。食べてみると例年よりずっと甘い!さすが太陽の子トマト。太陽がトマトを甘くしてくれています。

それを大釜で皮が簡単に外れるようになるまで火を通し、ザルに開けて1時間ほどしっかりと水を切ります。それを種と、皮だけ出てくるトマト潰しにかけて、ピューレを作り、火にかけて煮沸。瓶詰めをして、また瓶ごと煮沸して冷まして出来上がり!

こんな機械で潰すと、種と皮だけが出てくる仕組み

67瓶のトマトソースが出来ました。

今年は濃厚な、甘味の強いトマトソースが出来ました。塩も何も追加してない自然のままの味だからこそ、どんな料理にでも使えるのです。1ヶ月くらい寝かせた方が美味しいので、去年の残りを使い切って、それから使い始める予定。

出来上がった濃厚なトマトソース

秋が楽しみです!

動画でもどうぞ楽しんでみてください。

イタリア好きVol.46パスタ取材

ご縁があって、ここ数年「イタリア好き」と言う年に4回発行される雑誌のイタリア現地コーディネーターとして、取材班が私の住むエミリア・ロマーニャ州の取材時に取材先の選定や、アポ取り、インタビュー時の通訳などコーディネートのほか、Web通信に記事を書いたり、マンマのレシピを取材して、記事にする。と言うお仕事をさせていただいている。

5月上旬、イタリア好き編集長 松本さんからWeb通信に載せたガスパリ製粉場の話が聞きたいのだけれど。と前置きがあり、パスタの特集を組むのだけれど、製粉所に取引先のパスタ工房や、レストランを取材をして記事を書いて欲しいとの事。

通常は松本さん自らと、ライター、カメラマンとコーディネーターと言う組み合わせで取材となるわけだが,コロナ禍ではご存知の様に、日本からの渡伊は難しい。

Web上ではともかく、本誌の紙ベースの媒体を作るには本格的なカメラマンが必要で、私のやりやすい、知り合いの良いカメラマンがいたら、と

すぐに頭に浮かんだ方がいた。

友人の作家である奥村千穂さんが

「フィレンツェこだわりの店案内」

※Amazonで絶賛発売中です

と言う素敵な文章と写真を満載した本を、カメラマン向井真理子さんと共著で発表されて、文章と共に人にフォーカスした写真の感じが、イタリア好きの雰囲気に通じるものがあるな。と思いながら眺めていたのである。

松本さんに写真を見ていただいて、直接お話していただき最終的な承諾を得て、10軒以上の取材候補から編集部で会議をしていただき、そのうちの3軒を向井さんと取材して、記事を書くことになった。

 通常の取材では1日に34軒の取材をする。今回も例外ではなく朝から夕方まで。撮って欲しい写真を逃すわけにはいかない。

2018年の取材の一コマ ここアップで撮っておいてね。なんて指示が入る事も

通常は編集長が質問をされて、話していくうちにそれはどうなってるのかな?なんて突っ込んだ質問が取材中に出てきて、この写真も撮っておいてと指示が出るのだが、今回は私とカメラマンだけである。

そのため、プレ取材をして、原稿案を挙げて、流れとプラスすべき事などをアドバイス頂き、カメラマンと事前に共有する。

松本さんの最終アドバイスは取材を楽しんでください。だった。

そんなイタリア好きのモットーはこちら

人が好き

旅が好き

出会いが好き

食べることが好き

愛することが好き

楽しいことが好き

そして、なによりイタリアが好き。

そんなイタリア好きに送る

フリーマガジン『イタリア好き』

毎号、ひとつの州や、地域の食を通じて、

そこに住む人の日常に迫ります。

見えてくるものは、

人生を豊かに生きる姿かもしれない。

さていよいよ取材当日。びっくりするような大雨!

まずは向井さんを取材先最寄駅に車でお迎えに

今日の工程は

ガスパリ製粉場

 

レストラン タベルナデルクオーレでお料理とレストランの雰囲気を撮影

パスタ工房 チーブス

そしてもう一度仕込みの真っ最中のタベルナデルクオーレ

とタイムスケジュールもきっちり組んで、いざ!

取材途中、松本さんから取材よろしくお願いします!とメッセージが入る。気配りの編集長なのである。

取材はどうだったか?

カメラマン向井さんと共に本当に楽しんで取材させていただきました。

3箇所どこも愛情を持って仕事をしており、

コロナ禍で大変なのだけど、前向きで素晴らしい。

家族が一丸となって頑張っているそんな現場の臨場感、仕事への愛情、前向きなエネルギーが伝われば良いな。と思って書きました。

もちろん記事が上がるまで、編集長と数えきれないほどのやりとりがあった事はみなさんご想像の通りです。

字数に限りがある紙面に書ききれなかった部分は写真のキャプションで。

そんなところを読んでいただけたら嬉しいです。

イタリア好きVol.46

イタリア好きはサポートしているレストランにお食事に行くか、

サポートをしているレストラン一覧はこちらから

個人サポータートして登録していただくと、年に4回新刊が届きます。

最後になりましたが、取材に協力してくださったみなさん、

記事を書く機会をくださった、松本編集長に感謝です。

バルサミコ酢レシピ その13イカのバルサミコ酢マリネ

東京オリンピック開幕

ちょうど見所の放映時間がイタリアのお昼過ぎ。開催については色々言われてますが、オリンピックを目指して頑張ってきた選手の応援はしたい。そんなわけで、昼食後はテレビがつけっぱなし。とほとんどテレビを見ない我が家では珍しいことになってます。

湿度のないイタリアとはいえ、暑い!蝉が鳴き刈り取った牧草も、強い日差しであっという間に乾燥されて牧草ロールにされていました。春から3回目の刈り取り。

我が家の家庭菜園のトマトもどんどん育っております。

今回は暑い夏にぴったりの、爽やかなレシピをご紹介します。

イカとトマトのバルサミコ酢マリネ

材料 4人分

イカ   2はい

白ワイン 大さじ2

赤玉ねぎ 小1個

オリーブのオイル漬け 大さじ1

レモンの薄切り 適宜

イタリアンパセリ 大さじ1

レモン汁 半個分

EXオリーブオイル  100ml

塩  小さじ1

ミニトマト 15個

バルサミコ酢 適宜

作り方

お好みできゅうりを加えても美味。

しっかりと冷やしてお召し上がりください。

バカンスシーズンのイタリア

7月も中旬葡萄の実も随分と実ってきたモデナ

欲を言えば雨が少ない。雨雲に雨乞いをしたい気分。

願いが通じたのか、30分ほど雨が。それだけでも木々が元気になるのがわかります。

子供達が夏休みに入ってあっという間に1ヶ月

イタリアの長い長い夏休みは子供達に何をさせるか?が親の重要課題。

イタリアの夏といえば、バカンス

ワクチン接種も進み、現在イタリア国内は自由に移動ができるようになっておりますので、移動ができなかったロックダウンを取り戻そうとばかりに、今年は特にバカンスに熱を入れているイタリア人が多そうです。

日本とは異なり、イタリアは週単位で大人もバカンスをとります。

家族単位で何週間もどこかに行こうというと費用もかなりかかりますから、ホテルやペンション滞在だけでなく、バンガロー、週単位で貸し出すマンションや一戸建て、キャンピングカーを借りて自炊などなど家族でどう過ごすか悩ましいところ。

別荘を持っているというイタリア人も多く、長期滞在中の間、気のあった友人を招待しあったりして過ごすということも多い。

しかし、別荘は両親や兄弟と共有なんてことも多く、日にちや、親兄弟との折り合いが難しい場合も

 主人の学生時代からの友人のマルチェッロは毎年エルバ島の別荘に招待してくれるのですが、それには理由があるんです。一つは子供達同士も仲が良いので、遊び相手になる。私と主人が友人の両親と仲が良く、特に日本人贔屓なので、行くと両親の機嫌がいい。友人の妹夫婦とも懇意にしており、私たちが部屋を使うことについて文句を言われないなど裏事情が

夜景も綺麗 テラスからの眺め

そして、私が料理が好きな上に、長時間(2時間が限度)海辺にいるのが嫌いで、さっさと海から上がり、見知らぬ土地のスーパーや市場を嬉々として巡り、買い物を済ませて、食事の支度をしに帰るため重宝がられて毎年いつ来る?と夏休み前から電話をくれるのです。

私はといえば、子供の面倒を見てもらえて、海辺の涼しい快適な別荘で過ごせて、海産物を使って思う存分料理できるわけですから、文字通りギブアンドテイク。

今年も一週間すっかりお世話になり、真っ黒に日焼けして帰ってきたのでした。お願い、もっといて!と友人夫婦に懇願されましたが、ずっと行きっぱなしというわけにもいかず、ワクチン接種も待っていたので後ろ髪引かれながらフェリーに乗り込み帰ってまいりました。

子供たちが家に帰れば帰ったで、秋からの仕事の算段やら、家の修理の左官屋や電気屋の采配やら 3度の食事プラスおやつの用意、家事全般などなどという訳ですっかりブログも書けずにおりましたが、子供たちの宿題時間に少し頑張って書かなくては。

不在の間、畑の野菜もぐんぐん育っておりました。

さくらんぼの収穫

初夏の気持ちの良い午後、さくらんぼを採りました。モデナはバルサミコ酢だけでなく、様々な果物の生産地。中でもさくらんぼは量、質共にイタリア一を誇ります。我が家でも自家用に育てていますが、今年は事に良い出来でした。

周囲の牧草地は数日前に刈られて、牧草ロールになり、視界が広がったように感じます。

8年ほど前。クリスマス用のカッポーネ(去勢鶏)を秋口からクリスマスまで飼う場所を貸している近所のおじさんに、

「通年通して鶏がいたら卵が採れるのになんで飼わないのですか?」と聞くと

「葡萄畑の端には日陰がないから、冬は日当たりが良くて良いけど、夏飼うのは暑すぎるからね。」と言う。

だったら植えればいいよね。桜の木を沢山植えたら、お花見ができるよ!と主人。

すっかり日本で呼ばれたお花見が気に入ったようなのです。

早速、娘の同級生の園芸店で苗木を見に行った。が、

高い!

もう木になっているようなものは予算より0が一桁多いのです。

葡萄畑の端の全長は200m以上あるのだ。どう考えても10本は欲しい。だったら、果物農家がやるように、1年目の接木を買って、2年くらい植木鉢で育てたら良いわよ。価格も110以下だし。と教えてもらい、途中で枯れてしまう事を考慮して、4種類4本づつ時期を変えて実がなるはずと目論みのもと16本購入。

植木鉢に植え替えて、散水システムを作り、2年育てて、葡萄畑の横に植え替えた。もちろん、かなり深い穴を掘る必要があるから、葡萄畑の重機を借りて植えました。

植え付けられたのは14本。これで立派な桜並木ができる。春には花見、初夏には大量のさくらんぼと取らぬ狸の皮算用。

が、そんな12年で実がならない。桃栗三年柿八年。一体いつからさくらは実をつけるのでしょう?せっかくできた数粒のさくらんぼは、すぐ小鳥に食べられてしまう。そんな年が続きました。不思議なことに、樹勢のあるものは実がならず、樹勢がないものの方が実がなり始めたのが数年前から。今年初めて大きく成長した木にも実がなり始めたのでした。

もちろん我が家のミツバチ達がせっせと受粉してくれているわけですから、味も良い。

大きな大きなさくらんぼ。味はアメリカンチェリーとサトウニシキの間というところでしょうか?

小さな頃から6月になると母の山形のお友達から立派なサトウニシキが送られてきて、あんまり美味しいので、あっという間になくなってしまい。あゝ、独り占めしたい!と思っていた子供の頃。

イタリアに来て念願かない、収穫しながら心ゆくまで食べたら、お腹が痛くなりました。ほどほどの方がいいようです。皆さんもお気を付けて。

バルサミコ酢レシピ その12 鰯のバルサミコ酢マリネ

今年は例年に比べて、気温が低めでとても過ごしやすい。5月の中旬を過ぎれば、30度を超えるような日も多いのに、今年は25度程度。

雨もちょうど良い具合に降ってくれているので、麦の穂が実をつけ始めはじめ、葡萄も蕾が出てきた。

そんな今、イタリアでは青い背の魚がことさら美味しくなってくる。5月から7月にかけては片口鰯の旬だ。魚屋にピカピカの鰯が並ぶ。そんな鰯を使った我が家の人気メニューを紹介しようと思う。

鰯のバルサミコ酢マリネ

材料 4人分

片口鰯       300g

                            小さじ15

ワインビネガー   100ml

玉ねぎ輪切り    半個

EXオリーブオイル 大さじ2

イタリアンパセリ  適宜

バルサミコ酢    適宜

 

 

しっかり冷やしたロゼのランブスルコや、ピンニョレットとよくあいます。

動画でも作り方を紹介していますので、ぜひどうぞ。

バルサミコ酢に出会って人生が変わった話#8

モデナの家に日本から来た親戚一同を連れて移動。

結婚式のパーティーは自宅でしたから、前日は大きな屋外テントが張られ、家の中もケータリングスタッフが準備に余念がない。私たち日本人チームは結婚パーティーの最後に、招待客に渡すBonboniere(ボンボニエーレ)の準備を始めた。

ボンボニエーレとはConfetto(コンフェット:アーモンドなどを入れて糖衣をかぶせた小粒の菓子)を工夫を凝らしてお洒落に包み、小さな飾りや置物などとセットにしたもの。感謝の気持ちを込めてパーティーの参加者に配る。マックスと是非日本とイタリアの文化の融合というものがいいであろうと、私たちが選んだのは漆の銘々皿。

中央に両家の家紋を入れたもの。包装には白石和紙を選んだ。宮城県白石市は母の出身地。

東大寺のお水取りの衣装のかみしもに毎年奉納されていた遠藤まし子さんという国宝級の方に、特別に漉いて頂いたものを使い、紅白の絹紐で結んだ。

この結婚式の前日にドレスが出来上がることになっており、17時に最終縫い取りを合わせ、取りに行くことになっていた。が、が、がである仕立て屋から電話、まだできてないって!!!

ともかく夜までに仕上げて家までお持ちします。という。この花嫁衣装、実は祖母の古い着物をリフォームし、ジャケットにはまだ染める前の縮緬を使い、友人のデザイナー、マリアナメンデツにその年の2月彼女のパリコレクションの展示会真っ最中に、会場まで行ってお手伝いをすることになっており、連日日本からのバイヤーの相手や通訳やら手伝い、夜コレクションが終わって後にデザインしてもらった曰く付きのもの。スペインから到着したマリアナ、ドレスが着てないことを知り、最終縫い取りはデザイナーとして付き合ってくれる。という

なんと仕立て屋が到着したのは22時!これは今でも日本人の親戚の語草である。

「もし気に入らない点があったら、はっきりいうこと!貴方の一生で一度の結婚式なのだから。プロの仕立て屋なら明日までに仕上げられるから心配はいらないのよ!」

と。デザイナーの立ち合いに加え、そんなコメントで震え上がったのは、ちょっとオネエぽい仕立て屋さん

「もう連日ヘルペスができるまで、頑張って作ったのよ。この絹はミシンで縫えなくて、手縫いが多くって大変だったのよお。だからこんなに時間が云々」

着物の幅は狭い。しかも日本の絹織物にミシンはほぼ不可能というのが最大のネックだったらしい。

5月に入ってから、天候が思わしくない。結婚式の当日5月5日の朝はお日様が現れた。式は18時からである。ノナントラの教会で式を挙げるのはルチアーノ神父。日本の種子島になんと20年もミッションでおられた方で、イタリア語と日本語で式をしてくださった。

が、結婚宣誓はイタリア語で言わなければならない。と当日に覚えて言えって言われても無理ですよ、マックスも僕も無理というそれじゃあ読んでいいよということで落ち着いた。

ほっとしたのも束の間。指輪の交換で、事もこともあろうに、マックスが差し出したのは右手!はめて少ししてから、私が気付き、突っついて教える。

やれやれこれで、終わりと思ったらいきなり日本語で、あかねさんのお父さんから一言どうぞ。驚いたのは父である。そんな話初めて聞いたのである。もうアドリブ、イタリア人にやられっぱなしであった。

そんな結婚式の様子はフォルニ家長男、サムライとの娘と結婚という写真入りので地元紙に掲載されたのである。

バルサミコ酢に出会って人生が変わった話#7

妹が2007年の421日に日本で結婚し、新婚旅行はゴールデンウィークを含めて有給を取り、留学先だったドイツを中心にヨーロッパを巡るという。だったらそれに合わせて結婚しちゃえば、丁度いいじゃないか!と日にちの設定をした。冗談のようだが、実際そんな感じで決めたのである。

驚いたのは両親で、こんな短期間に娘が2人結婚するなんて聞いたことがないと言って驚き、父など、紋付袴を2人の娘のために420日から510日までレンタルしっぱなし。という事態が発生したのである。

日本の親戚が妹の結婚式で一堂に会したが、唯一腰が痛くて長距離移動は無理と結婚式に参加しなかった、東北に住む母方の祖母には私とマックスで会いに行った。

この祖母は一般的なおばあちゃんとは違い、ベタベタ可愛がるようなおばあちゃんではなく、やるべき事はやる、筋の通った、ぐずぐずしているのが大嫌いな、私の大好きなタイプの人である。

うちのマックスを連れて行っても驚くこともなく、いったって普通。イタリアでは1番年齢の高い女性の主人は、1番尊重されるべきとされている。特に彼が育った環境は、おばあさんが同席の時は家族全員が食卓に座る時、おばあさんが座るまで、直立不動で椅子の横に立ち、食卓についてはならない。

お客が先に座る。男性が先という教育を受けた祖母にこれは感激だったらしく、照れたり慌てたりしたところなど見た事ないのだが、食卓に祖母が座るまでビシーっと起立して待っているマックスを見て少々慌てながら

「まあまあそれは、それはご丁寧に。うちの男性陣も少し見らわせないと」と照れて座っていた。

そんな祖母に

「あかね、結婚の秘訣は相手に期待しない事。色々大変だろうけれど、やってもらおうなんて思わず、全て自分でやると思っていれば間違いないから。頑張ってやらい!」

と気合の入ったお言葉を頂いたのである。

同じ時期に結婚した妹にはこういう事は言わなかったそうなので、異国に嫁ぐのは大変と思われた様。

今年100歳で健在だが、骨折をして車椅子になってからはこういう、気合の入ったコメントをしてくれないのは残念である。

妹の結婚式は、京都。すぐその足で新婚旅行へと旅立っていった。もちろん私たちも結婚式最後の準備にイタリアへ

両親、従姉妹、友人の一行が51日にイタリア入り

メーデーにイタリアに着いては絶対にいけない。

ミラノマルペンサ空港から直行する電車の駅、カドルナの駅はショーペロ(スト)で近年、見たことがないくらいごった返していた。地下鉄を始めトラムバスが18時以降運休。日本から持ってきてもらう様に頼んでいた結婚式で配るちょっとした引き出物を始め日本から様々なものを持ってきてもらったので、皆大量の荷物である。

うちの父は、痩せ型、眼鏡にジャケットヨーロッパ人がイメージする日本人像そのままらしく、イタリアのどこにいってもスリの標的になる。狙われてる気をつけて!と言ってる瞬間に、あっという間にスリにアイスクリームをなすりつけられる。怒声をあげて追い払う私。物乞いの子供にも寄ってこられる。こんな最悪の状況になったのは後にも先にもなし。従姉妹の小学生の息子はもう怖くなって、目が見開いたまんま。これがもとで成人した現在も、海外旅行には行きたいと思わない。と言っているため大変なトラウマを植え付けてしまった。ごめんね。

タクシー乗り場は長蛇の列。平気で私たちの前に横入りするイタリア人。

ここでもまたものすごい剣幕でイタリア語で叫ぶ私。黙ってたらいつまで経ってもタクシーなんかに乗れやしない。

親族を2台のタクシーに押し込み、行先を伝え、メーターを確認させて、一路ミラノの家へ。親戚一同このとんでもない状況の中、

「あゝなんてたくましいんだ。自分は絶対無理だけど、これならあかねはイタリアで生きていかれる。と安心した。」と後日各々が語っているため、何が功を奏すのかわからないものである。