バルサミコ酢レシピ その13イカのバルサミコ酢マリネ

東京オリンピック開幕

ちょうど見所の放映時間がイタリアのお昼過ぎ。開催については色々言われてますが、オリンピックを目指して頑張ってきた選手の応援はしたい。そんなわけで、昼食後はテレビがつけっぱなし。とほとんどテレビを見ない我が家では珍しいことになってます。

湿度のないイタリアとはいえ、暑い!蝉が鳴き刈り取った牧草も、強い日差しであっという間に乾燥されて牧草ロールにされていました。春から3回目の刈り取り。

我が家の家庭菜園のトマトもどんどん育っております。

今回は暑い夏にぴったりの、爽やかなレシピをご紹介します。

イカとトマトのバルサミコ酢マリネ

材料 4人分

イカ   2はい

白ワイン 大さじ2

赤玉ねぎ 小1個

オリーブのオイル漬け 大さじ1

レモンの薄切り 適宜

イタリアンパセリ 大さじ1

レモン汁 半個分

EXオリーブオイル  100ml

塩  小さじ1

ミニトマト 15個

バルサミコ酢 適宜

作り方

お好みできゅうりを加えても美味。

しっかりと冷やしてお召し上がりください。

イタリア バルサミコ酢醸造を講義する

先週女子栄養大学の栄養学部の34年生の現代食文化論の特別講師を2時間100分に渡りさせていただきました。学生さん、教員の皆さんと35名以上の方の参加がありました。

2年前、特別授業をする機会をいただき、そのご縁でオンライン授業という運びになりました。

2年前の講義の様子

伝統的食文化の保存という観点からバルサミコ酢の醸造についてはもちろん、同じ栄養学を学んだ先輩として学生さんにメッセージを込めてお話してください。とのこと

モデナの場所や歴史、食文化を織り交ぜながら、伝統的な製法と工業的な製法のバルサミコ酢の違い。

我が家の伝統的な製法のこだわり。

手作業の葡萄作業について、動画で葡萄作業をご紹介

樽の移し替えの話動画はこちらから

樽の中では一体何が起こっているのか?科学的な見地や実際の色の変化。

同じセットの5つの樽こんなに色が変化していくのです。

バルサミコ酢の鑑定の方法。品質、製法による味の違いをどのように感じるのか?動画はこちらから

認証についてなど説明をさせていただいたあと、コロナ禍においての活動を紹介しました。

毎回オンライン物をやるたびに、起こる事なんですが、長く喋っていると

醸造室からライブ できるだけみやすいようにビデオカメラをWebカムにして、写真画像もスムーズに見せるために工夫しました

「聞こえてるかな?わかりやすかったかな?つまらなくないかな?」と不安になるものです。

大学の授業という事で、プライバシーの保護という点から、学生さんのオーディオはもちろん、ビデオもオフ。

反応が見えない.…

YouTobe動画も交えながら、どうやったら飽きの来ない授業にできるのか?伝えなくちゃ!と気をつけて熱を入れて話すのですが、ふっと素に戻る瞬間。だんだん頭の中がグルグルとなる一番恐ろしい瞬間がやってきます()

もちろん台本的なものは用意してますので、迷子にはならずに済んでますが。

受講した方はどうだったのかな。。

と思っていたところへ

今日、早速学生さんたちの講義の感想をいただきました。

その中から抜粋してご紹介します。

イタリアの本物のバルサミコ酢について知ることができて良かった。

こんなに手間のかかるものだとは知らなかった。伝統的製法のバルサミコ酢は時間も手間もかかり、一般的に販売されているものとは違うということを初めて知った。

イタリアのどこでも作れるというわけではなく、ごく狭い地域でしか作れないということを初めて知った。

イタリアのエミリア・ロマーニャ州それも、モデナ、レッジョエミリア、ボローニャの端っこでしか作られていない伝統的なバルサミコ酢

白葡萄から作られるものということに驚いた。

トレッビアーノという白ブドウが一番バルサミコ酢醸造に向いていると言われています。

何十年もかけて作るバルサミコ酢、一度味わってみたい

一度イタリアに行って見てみたい

味噌や醤油同様、気候風土が関係する発酵食品の面白さを感じた。

質問もありましたので、ここでお答えしようと思います

質問

同じバルサミコ酢を作る蔵によって常在菌が異なると思うのですが、味が違うのですか?

答え

はい、違います。鑑定士として、何種類ものアチェタイア(バルサミコ酢の醸造蔵)のバルサミコ酢を鑑定する機会がありますが、微妙に違い一つとして同じ味になっているものはありません。

1000サンプルほどここにありますが、全て味が違います。

質問

種類の違う木樽を使って作るということですが、樽の配列など決まりがありますか?

答え

いいえ特に決まりはありません。なので、各醸造所によって木の樽の種類は自由に決めることができます。なので、樽のセットによっても味が違います。

我が家では漏れの少ない西洋オーク材と栗など材質の硬い樽を主に使用しています。2番目に大きな樽40Lに変化をつけて桜、アカシア、桑などをを入れています。

質問 伝統的なバルサミコ酢は栄養成分も優れていそうですがどうですか?

答え 抗酸化作用があるポリフェノールがたくさん含まれています。また酸味は酢酸だけでなく、クエン酸、りんご酸、乳酸、酒石酸、など沢山の有機酸が含まれており、有機酸の身体への疲労回復や抗ストレスなどにも効果があると言われています。

モデナではその昔、バルサミコ酢の効用について

「死人も起き上がる」と言われ薬屋で高価に売られていたことも

希少性、芳香と複雑な味のバルサミコ酢。死人が起き上がることはないにせよ、昔からカリスマ性がある特別なお酢であった事は間違いないでしょう。

アンケート、感想を書いて下さった学生の皆さん、そして、早々にまとめて下さった担当の平口先生ありがとうございました。

イタリアでまた日本で皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

YouTobeチャンネル「Akane in balsamicland」ではバルサミコ酢醸造や、モデナの食文化などをご紹介しています。ぜひみて見てくださいね。

バカンスシーズンのイタリア

7月も中旬葡萄の実も随分と実ってきたモデナ

欲を言えば雨が少ない。雨雲に雨乞いをしたい気分。

願いが通じたのか、30分ほど雨が。それだけでも木々が元気になるのがわかります。

子供達が夏休みに入ってあっという間に1ヶ月

イタリアの長い長い夏休みは子供達に何をさせるか?が親の重要課題。

イタリアの夏といえば、バカンス

ワクチン接種も進み、現在イタリア国内は自由に移動ができるようになっておりますので、移動ができなかったロックダウンを取り戻そうとばかりに、今年は特にバカンスに熱を入れているイタリア人が多そうです。

日本とは異なり、イタリアは週単位で大人もバカンスをとります。

家族単位で何週間もどこかに行こうというと費用もかなりかかりますから、ホテルやペンション滞在だけでなく、バンガロー、週単位で貸し出すマンションや一戸建て、キャンピングカーを借りて自炊などなど家族でどう過ごすか悩ましいところ。

別荘を持っているというイタリア人も多く、長期滞在中の間、気のあった友人を招待しあったりして過ごすということも多い。

しかし、別荘は両親や兄弟と共有なんてことも多く、日にちや、親兄弟との折り合いが難しい場合も

 主人の学生時代からの友人のマルチェッロは毎年エルバ島の別荘に招待してくれるのですが、それには理由があるんです。一つは子供達同士も仲が良いので、遊び相手になる。私と主人が友人の両親と仲が良く、特に日本人贔屓なので、行くと両親の機嫌がいい。友人の妹夫婦とも懇意にしており、私たちが部屋を使うことについて文句を言われないなど裏事情が

夜景も綺麗 テラスからの眺め

そして、私が料理が好きな上に、長時間(2時間が限度)海辺にいるのが嫌いで、さっさと海から上がり、見知らぬ土地のスーパーや市場を嬉々として巡り、買い物を済ませて、食事の支度をしに帰るため重宝がられて毎年いつ来る?と夏休み前から電話をくれるのです。

私はといえば、子供の面倒を見てもらえて、海辺の涼しい快適な別荘で過ごせて、海産物を使って思う存分料理できるわけですから、文字通りギブアンドテイク。

今年も一週間すっかりお世話になり、真っ黒に日焼けして帰ってきたのでした。お願い、もっといて!と友人夫婦に懇願されましたが、ずっと行きっぱなしというわけにもいかず、ワクチン接種も待っていたので後ろ髪引かれながらフェリーに乗り込み帰ってまいりました。

子供たちが家に帰れば帰ったで、秋からの仕事の算段やら、家の修理の左官屋や電気屋の采配やら 3度の食事プラスおやつの用意、家事全般などなどという訳ですっかりブログも書けずにおりましたが、子供たちの宿題時間に少し頑張って書かなくては。

不在の間、畑の野菜もぐんぐん育っておりました。

さくらんぼの収穫

初夏の気持ちの良い午後、さくらんぼを採りました。モデナはバルサミコ酢だけでなく、様々な果物の生産地。中でもさくらんぼは量、質共にイタリア一を誇ります。我が家でも自家用に育てていますが、今年は事に良い出来でした。

周囲の牧草地は数日前に刈られて、牧草ロールになり、視界が広がったように感じます。

8年ほど前。クリスマス用のカッポーネ(去勢鶏)を秋口からクリスマスまで飼う場所を貸している近所のおじさんに、

「通年通して鶏がいたら卵が採れるのになんで飼わないのですか?」と聞くと

「葡萄畑の端には日陰がないから、冬は日当たりが良くて良いけど、夏飼うのは暑すぎるからね。」と言う。

だったら植えればいいよね。桜の木を沢山植えたら、お花見ができるよ!と主人。

すっかり日本で呼ばれたお花見が気に入ったようなのです。

早速、娘の同級生の園芸店で苗木を見に行った。が、

高い!

もう木になっているようなものは予算より0が一桁多いのです。

葡萄畑の端の全長は200m以上あるのだ。どう考えても10本は欲しい。だったら、果物農家がやるように、1年目の接木を買って、2年くらい植木鉢で育てたら良いわよ。価格も110以下だし。と教えてもらい、途中で枯れてしまう事を考慮して、4種類4本づつ時期を変えて実がなるはずと目論みのもと16本購入。

植木鉢に植え替えて、散水システムを作り、2年育てて、葡萄畑の横に植え替えた。もちろん、かなり深い穴を掘る必要があるから、葡萄畑の重機を借りて植えました。

植え付けられたのは14本。これで立派な桜並木ができる。春には花見、初夏には大量のさくらんぼと取らぬ狸の皮算用。

が、そんな12年で実がならない。桃栗三年柿八年。一体いつからさくらは実をつけるのでしょう?せっかくできた数粒のさくらんぼは、すぐ小鳥に食べられてしまう。そんな年が続きました。不思議なことに、樹勢のあるものは実がならず、樹勢がないものの方が実がなり始めたのが数年前から。今年初めて大きく成長した木にも実がなり始めたのでした。

もちろん我が家のミツバチ達がせっせと受粉してくれているわけですから、味も良い。

大きな大きなさくらんぼ。味はアメリカンチェリーとサトウニシキの間というところでしょうか?

小さな頃から6月になると母の山形のお友達から立派なサトウニシキが送られてきて、あんまり美味しいので、あっという間になくなってしまい。あゝ、独り占めしたい!と思っていた子供の頃。

イタリアに来て念願かない、収穫しながら心ゆくまで食べたら、お腹が痛くなりました。ほどほどの方がいいようです。皆さんもお気を付けて。

バルサミコ酢レシピ その12 鰯のバルサミコ酢マリネ

今年は例年に比べて、気温が低めでとても過ごしやすい。5月の中旬を過ぎれば、30度を超えるような日も多いのに、今年は25度程度。

雨もちょうど良い具合に降ってくれているので、麦の穂が実をつけ始めはじめ、葡萄も蕾が出てきた。

そんな今、イタリアでは青い背の魚がことさら美味しくなってくる。5月から7月にかけては片口鰯の旬だ。魚屋にピカピカの鰯が並ぶ。そんな鰯を使った我が家の人気メニューを紹介しようと思う。

鰯のバルサミコ酢マリネ

材料 4人分

片口鰯       300g

                            小さじ15

ワインビネガー   100ml

玉ねぎ輪切り    半個

EXオリーブオイル 大さじ2

イタリアンパセリ  適宜

バルサミコ酢    適宜

 

 

しっかり冷やしたロゼのランブスルコや、ピンニョレットとよくあいます。

動画でも作り方を紹介していますので、ぜひどうぞ。

バルサミコ酢に出会って人生が変わった話#8

モデナの家に日本から来た親戚一同を連れて移動。

結婚式のパーティーは自宅でしたから、前日は大きな屋外テントが張られ、家の中もケータリングスタッフが準備に余念がない。私たち日本人チームは結婚パーティーの最後に、招待客に渡すBonboniere(ボンボニエーレ)の準備を始めた。

ボンボニエーレとはConfetto(コンフェット:アーモンドなどを入れて糖衣をかぶせた小粒の菓子)を工夫を凝らしてお洒落に包み、小さな飾りや置物などとセットにしたもの。感謝の気持ちを込めてパーティーの参加者に配る。マックスと是非日本とイタリアの文化の融合というものがいいであろうと、私たちが選んだのは漆の銘々皿。

中央に両家の家紋を入れたもの。包装には白石和紙を選んだ。宮城県白石市は母の出身地。

東大寺のお水取りの衣装のかみしもに毎年奉納されていた遠藤まし子さんという国宝級の方に、特別に漉いて頂いたものを使い、紅白の絹紐で結んだ。

この結婚式の前日にドレスが出来上がることになっており、17時に最終縫い取りを合わせ、取りに行くことになっていた。が、が、がである仕立て屋から電話、まだできてないって!!!

ともかく夜までに仕上げて家までお持ちします。という。この花嫁衣装、実は祖母の古い着物をリフォームし、ジャケットにはまだ染める前の縮緬を使い、友人のデザイナー、マリアナメンデツにその年の2月彼女のパリコレクションの展示会真っ最中に、会場まで行ってお手伝いをすることになっており、連日日本からのバイヤーの相手や通訳やら手伝い、夜コレクションが終わって後にデザインしてもらった曰く付きのもの。スペインから到着したマリアナ、ドレスが着てないことを知り、最終縫い取りはデザイナーとして付き合ってくれる。という

なんと仕立て屋が到着したのは22時!これは今でも日本人の親戚の語草である。

「もし気に入らない点があったら、はっきりいうこと!貴方の一生で一度の結婚式なのだから。プロの仕立て屋なら明日までに仕上げられるから心配はいらないのよ!」

と。デザイナーの立ち合いに加え、そんなコメントで震え上がったのは、ちょっとオネエぽい仕立て屋さん

「もう連日ヘルペスができるまで、頑張って作ったのよ。この絹はミシンで縫えなくて、手縫いが多くって大変だったのよお。だからこんなに時間が云々」

着物の幅は狭い。しかも日本の絹織物にミシンはほぼ不可能というのが最大のネックだったらしい。

5月に入ってから、天候が思わしくない。結婚式の当日5月5日の朝はお日様が現れた。式は18時からである。ノナントラの教会で式を挙げるのはルチアーノ神父。日本の種子島になんと20年もミッションでおられた方で、イタリア語と日本語で式をしてくださった。

が、結婚宣誓はイタリア語で言わなければならない。と当日に覚えて言えって言われても無理ですよ、マックスも僕も無理というそれじゃあ読んでいいよということで落ち着いた。

ほっとしたのも束の間。指輪の交換で、事もこともあろうに、マックスが差し出したのは右手!はめて少ししてから、私が気付き、突っついて教える。

やれやれこれで、終わりと思ったらいきなり日本語で、あかねさんのお父さんから一言どうぞ。驚いたのは父である。そんな話初めて聞いたのである。もうアドリブ、イタリア人にやられっぱなしであった。

そんな結婚式の様子はフォルニ家長男、サムライとの娘と結婚という写真入りので地元紙に掲載されたのである。

バルサミコ酢に出会って人生が変わった話#7

妹が2007年の421日に日本で結婚し、新婚旅行はゴールデンウィークを含めて有給を取り、留学先だったドイツを中心にヨーロッパを巡るという。だったらそれに合わせて結婚しちゃえば、丁度いいじゃないか!と日にちの設定をした。冗談のようだが、実際そんな感じで決めたのである。

驚いたのは両親で、こんな短期間に娘が2人結婚するなんて聞いたことがないと言って驚き、父など、紋付袴を2人の娘のために420日から510日までレンタルしっぱなし。という事態が発生したのである。

日本の親戚が妹の結婚式で一堂に会したが、唯一腰が痛くて長距離移動は無理と結婚式に参加しなかった、東北に住む母方の祖母には私とマックスで会いに行った。

この祖母は一般的なおばあちゃんとは違い、ベタベタ可愛がるようなおばあちゃんではなく、やるべき事はやる、筋の通った、ぐずぐずしているのが大嫌いな、私の大好きなタイプの人である。

うちのマックスを連れて行っても驚くこともなく、いったって普通。イタリアでは1番年齢の高い女性の主人は、1番尊重されるべきとされている。特に彼が育った環境は、おばあさんが同席の時は家族全員が食卓に座る時、おばあさんが座るまで、直立不動で椅子の横に立ち、食卓についてはならない。

お客が先に座る。男性が先という教育を受けた祖母にこれは感激だったらしく、照れたり慌てたりしたところなど見た事ないのだが、食卓に祖母が座るまでビシーっと起立して待っているマックスを見て少々慌てながら

「まあまあそれは、それはご丁寧に。うちの男性陣も少し見らわせないと」と照れて座っていた。

そんな祖母に

「あかね、結婚の秘訣は相手に期待しない事。色々大変だろうけれど、やってもらおうなんて思わず、全て自分でやると思っていれば間違いないから。頑張ってやらい!」

と気合の入ったお言葉を頂いたのである。

同じ時期に結婚した妹にはこういう事は言わなかったそうなので、異国に嫁ぐのは大変と思われた様。

今年100歳で健在だが、骨折をして車椅子になってからはこういう、気合の入ったコメントをしてくれないのは残念である。

妹の結婚式は、京都。すぐその足で新婚旅行へと旅立っていった。もちろん私たちも結婚式最後の準備にイタリアへ

両親、従姉妹、友人の一行が51日にイタリア入り

メーデーにイタリアに着いては絶対にいけない。

ミラノマルペンサ空港から直行する電車の駅、カドルナの駅はショーペロ(スト)で近年、見たことがないくらいごった返していた。地下鉄を始めトラムバスが18時以降運休。日本から持ってきてもらう様に頼んでいた結婚式で配るちょっとした引き出物を始め日本から様々なものを持ってきてもらったので、皆大量の荷物である。

うちの父は、痩せ型、眼鏡にジャケットヨーロッパ人がイメージする日本人像そのままらしく、イタリアのどこにいってもスリの標的になる。狙われてる気をつけて!と言ってる瞬間に、あっという間にスリにアイスクリームをなすりつけられる。怒声をあげて追い払う私。物乞いの子供にも寄ってこられる。こんな最悪の状況になったのは後にも先にもなし。従姉妹の小学生の息子はもう怖くなって、目が見開いたまんま。これがもとで成人した現在も、海外旅行には行きたいと思わない。と言っているため大変なトラウマを植え付けてしまった。ごめんね。

タクシー乗り場は長蛇の列。平気で私たちの前に横入りするイタリア人。

ここでもまたものすごい剣幕でイタリア語で叫ぶ私。黙ってたらいつまで経ってもタクシーなんかに乗れやしない。

親族を2台のタクシーに押し込み、行先を伝え、メーターを確認させて、一路ミラノの家へ。親戚一同このとんでもない状況の中、

「あゝなんてたくましいんだ。自分は絶対無理だけど、これならあかねはイタリアで生きていかれる。と安心した。」と後日各々が語っているため、何が功を奏すのかわからないものである。

バルサミコ酢との出会いで人生が変わった?話 #6

樽職人ミゼッリさんが帰った後から、マックスと2人結婚式の準備と並行して、醸造室の構想を練って行ったのである。

この頃まだ気づいていなかったが、うちのマックスは大は小を兼ねる、期間は10年先とともかく何をやるにも毎回計画が壮大&長期。

せっかくやるなら、醸造室の面積は有効活用しよう!

最終製品が取れる量から考えたら、32セットが妥当。160樽が必要だ!

最初に入れるワインビネガーも必要だから、醸造タンクもいるな!

家宝の樽もこのスペースに移そう。

CADで醸造室の設計図を作り、左官屋と連絡を取りはじめた。

「結婚前のいや、醸造を始める前の夢いっぱい時期()」を過ごしたのである。

もちろん結婚祝いにには「樽調達資金」という資金調達集めの親戚代表と友人代表も決め結婚、新婚旅行が終わった早々に樽屋から手配し、夏から本格的に始動できるように決めた。

何かを製造するには、日本であれば保健所に届けを出さなければならない。イタリアだって食品衛生法に基づいた企画があるはず。

一から醸造室を手がけるならば、手を入れる前に保健所に問い合わせをすべきではないか?と提案した。

 私はこういうことが気になってしょうがない。というのも、家政学部卒業後、国家試験を受けて、管理栄養士になり、企業の社員食堂へ勤めた。併設のクリニックがあったので、社員の栄養指導、メニュー作成はもちろんのこと、衛生管理者として、毎日1000食を越す大量給食施設の管理をしていたため、食品の製造=食品衛生法が染み付いていた。

そんなわけで、イタリアのバルサミコ酢の醸造室を作るための食品衛生基準法を調べ、イタリアではASL(Azenda Sanitaria Locare)と呼ばれる保健所に問い合わせて計画を進めていった。

樽と床からの距離、壁、床の色、流し、手洗い場の有無、将来的な瓶詰め施設、検査室の有無などそう言う基準がやはりあった。例え販売を行わなくともどのみち、リフォームをしなければならないのだから、少々面倒でも条件を満たす様に作ろう。

子供が生まれてからも、自分たちでよりよく使えるように壁や床の塗り替えもやっている。

まず何はなくても大型の流し台と、醸造室の一部にホースがつなげる給水栓と、水を使う場所はタンクの洗浄などで、大量の水が流れても大丈夫なように、床の高低差を考えてた床掃除のしやすさなどは規定になくても絶対に欲しい、などなど

プロジェクトは自分たちで全て考えて、左官屋さんにお願いをした。

もちろん壁のペンキ塗りや、網戸付けなどできる事は自分たちでやった。

網戸も手作り

気が早かったかもしれないが、最初から計画しておいた事で、

後々醸造室の登録がスムーズに完了した。

バルサミコ酢造りの様子を動画で紹介しています。

バルサミコ酢との出会いで人生が変わった?話 #5

年が明けてからモデナにあるエノロジカモデネーゼエノロジカモデネーゼという樽屋を訪ねた。

樽職人さんミゼッリさんとの出会いである。

子供の頃からお父さんの仕事を見て覚えたという、今では数少ない叩き上げの職人さんだ。70代というところか?バルサミコ酢の醸造について細かく、しかも科学的に教えてくれた。それだけではない、バルサミコ酢に傾ける情熱をも伝染させてくれたのである。

図を書きながら、説明してくれた。すると

未だに説明書きのメモがとってある

「貴方は生物学とか、微生物学を勉強したことがあるでしょう。」というのである。

「わかりますか?大学では微生物学もやりましたけど、専門は栄養学や、食品化学を勉強しました。」

というと、

「話にちゃんとついてきてるものそりゃわかるよ。貴方もっと知りたかったら、スピランベルト市にあるバルサミコ酢愛好者協会の主催する講習会に参加すると良い。残念ながら今年は講習会は始まっているから来年にでも是非参加しなさい。」という。

「貴方たち商売としてバルサミコ酢を作るのかい?早く稼ぎたいと思って始めるのかい?」

とよくわからないことを言うのである。

マックスが

「我が家には先祖代々伝わる樽があって、出来るだけ、伝統的な製法にのっとって、良いものを私たち夫婦の趣味で作りたいと思っている。本当に良いものは100年かかるでしょう。」と答えると

「人任せでなく、自分たちで作るんだね。」

満足そうに頷いて、

「それならば、新しい樽を買ったら、ゆっくりワインビネガーを樽に入れておきなさい。そしてそのうちにこちらのお嬢さんはしっかり勉強すると良い。」

と、まずは一度醸造室の場所を見にきてくれることになった。

早速次の日にミゼッリさんは我が家にやってきた。

まず、漏れのある家宝の樽の状態を見てもらい、修理が必要があるという。手で愛おしそうに樽の全体を触り

「こんな樽はおそらくまだ子供の頃、僕のお爺さんが仕事していた頃に見たことがあるくらいのものだよ。見てみなさい、このタガは鍛冶屋が一つづつ、手で打ったもので、こんな鉄のタガは今はないよ。こういう作り方をしたものは、錆も出ない。今ではこういうものは作れないんだよ。これは1800年代の前半いや、もっと前のものかもしれない。中が二重になっているから、中の樽は一体何年経ったものかわからないくらいだよ。ともかく大事にしなさいこれは歴史の遺産だから」と舅やマックスにではなく、私にしみじみ言った。

モデナのガラスと呼ばれた緑色のバルサミコ酢の樽の栓として使われていたもの。こちらも100年を越すものである。

これから新しく醸造室と思っているスペースを見てもらうと、

「これは良い醸造室になる。楽しみだ。この醸造室を見てあなたたちが伝統的なものにこだわる理由もよくわかったし、趣味で急がずに良いものを作りたいというのがわかったよ。良い樽を揃えさせてもらうよ。」と言い残して帰っていった。

続きます。

バルサミコ酢造りを動画で紹介しています。

春の養蜂作業

春から夏まで養蜂作業の佳境

動画でもこの様子を見ていただけます

毎週のように内見という作業を行う。

西洋ミツバチは家畜であるという。自然の中では淘汰されてしまう確率が高いけれど、

人間が手をかけることによって、群れを存続できて、数を増やすことが可能で、人間はそのご褒美として蜂蜜が採取できる。

もちろんミツバチたちのお陰で、ここ数年。葡萄は自家受粉できる植物だけれど、ミツバチおかげでの味が良くなったり、庭の様々な果樹も毎年鈴なりだ。

何よりもミツバチは農薬や、大気汚染などに大変敏感でミツバチが住める環境であるということは、私たち人間にとっても安全が保証されたようなもの。

庭のさくらんぼ スズナリになりすぎて枝が折れたほど

実は養蜂を始めようと思ったわけではない。ミツバチが住みに来てしまって仕方なくというのが本当のところ。

今から6年ほど前、いつも雨戸を締め切った窓の前を通るとブンブンと物凄い音。これは大変!と家の中に見にいくと窓の上方にミツバチの塊が!分蜂と言って、巣わけしたミツバチの群れが一時的に住みに来てしまったのです。

去年もそんなことが!動画はこちらから。ものすごい迫力です

すぐに近くの養蜂家に来てもらい一時的にポリスチロール製の養蜂箱に。その時に、場所もあるし、分からないことは教えてあげるから養蜂始めたら?という養蜂家のマウリツイオの勧めで主人の従兄弟、友達を巻き込んで始めたのがきっかけでした。養蜂を始めて約6年。当初は越冬できなかったり、分蜂してしまったり、病気にかかったり、試行錯誤の末今では8箱の養蜂箱になりました。

去年も窓にミツバチ。何故か我が家の窓は蜂に好かれるらしい

怖くないの?と言われますが、都会育ちの私最初は虫も蜂も嫌いでした。

でも田舎暮らしを始め、鳥ならば、スズメやハトだけでなくキジやみみずく、りすや、うさぎ、ハリネズミと言った可愛らしい動物だけでなく、蛇もネズミ、ヌートリアなども現れるサバイバルな我が家。今では蜂が可愛くてしょうがない。慣れとは恐ろしいものです。

越冬したミツバチたちは暖かくなって春の花が咲き始めると、蜜を集めて卵をたくさん生みはじめ群の数が増える。

女王蜂の世代交代が行われるのもこの時期。

そんな様子を動画にしたので、ぜひ見てみてください。