2次試験の3日間適応試験というのは、以前兵役が義務だった世代は結構経験しており、軍隊の例の三日間試験だよーと言うと、はいはいアレね。と50代以上のイタリア人男性は結構ピンとくるらしいが私には皆目見当がつかなかった。
5月15日2次試験受験日をを知らせるメールには、海軍士官高等学校受験者は理系、文系合わせて250名。うち女子は60名の通過で、男女分かれて約7日に分けて試験が行われる旨が記載されている名簿とともに、どのグループも7時試験会場に入室のため15分前には時間厳守でと言うお知らせと、必要書類に不備や、遅延があった場合然るべき理由がなければ、失格となること。1、2日目は軽食を用意のこと3日は運動にふさわしい服装で、運動靴、水着の用意とタオルの用意。と言う簡単なお知らせのみを受け取っただけで、細かい時間等は一切の記載がされていなかった。

集合時間も朝早くだし、後日の時間もわからず、宿泊する場所も試験会場まで遠いのは大変だと思い、Bookingのマップを駆使して門のほぼ向かいのキッチン付きアパートを押さえた。
これなら何時に受験者がやってくるのかも一目瞭然、ストレスが一つ減る。会場は一次試験と同じアンコーナの海軍選抜センター。朝が早いので前日入り。外食はしたくないというので、すべて家から下調理したものを持ち込み、港町だけに美味しいお魚を食べようと、包丁セットに、ヨガマットや枕やマッサージオイルなどなど夫にこの荷物何?何日行く気?と呆れられた。

第一日目
5時半には起きて、しっかりと朝ごはんを食べさせて、窓の外を覗いていると、気の早い受験者は45分前に1人、30分前には3割り程が集まった頃、中から試験担当官が何やら張り出したようで、門の前で受講者がざわついているので、見に行くと鉄の門のところに時間と試験内容が記載された張り紙が出ていた。事前にメールで送っておいてくれれば良いのにねと言いながら、他の受講者とその親たちと顔合わせ。

7時に門が開き、海軍の制服を着た試験官が「受験者は身分証明書を持って壁側に沿って一列に整列」と号令がかかる。日本の受験会場の様な、丁寧な呼び出しではなく、ここは軍隊施設だったと改めて思う。「中へ」の号令とともに列が動き出し、身分証明書を見せ、2人の係員が誘導し、建物の入り口すぐには空港のボディーチェックの様な金属探知機まである様だ。またもや娘は門をくぐる直前に、私の顔を見てニタリと笑い、緊張した面持ちの女の子たちと共に入っていった。
「保護者の方は書類に不備がある場合呼び出しますので、8時過ぎまで門の前にて待機していてください。」との伝達と共に電動の鉄扉がガシャンと無情な響きで閉められた。待機している親御さんたちも皆、私同様奔走しており(その模様を知りたい方はは前回のブログへ)なんだか一気に親近感がわく。モデナ、フェッラーラ、ミラノ、フィレンツエ、ローマ、などは近場の受講者サルデーニャや、カラブリア、シチリアなど遠方から来ている方も多い。ここで何かかけていたらすべて親の責任で、受験資格が消えると思うと、みんな気が気ではない。1人だけ、ホームドクターのサインが抜けていたというので呼び出しをされた以外、どうやら大丈夫だったようだ。8時半には解放され、私はここで試験が終了した気分。ああ、試験を受けなくて良いのはなんて気楽。最後に受けた緊張する試験は管理栄養士の国家試験だった。ずいぶん時間が経ったものである。
「ドキドキしながらテスト用紙配られるの待っているんだろうな、後からいい経験になるよ」と、ほくそ笑む。
受験者たちは18時半までは缶詰というので、なんとなく心配そうにウロウロする他の親御さんを横目で見ながら、さあ自由時間だとばかり、せっかくマルケ州に来たんだから、仕事の打ち合わせという名目で、友達に会いに行こう!と行ける旨を連絡して、100kmちょっと先の友達の家まで車を飛ばし、悠々とレストランでお昼を食べ、話し足りないと言いながら18時ちょっと前に帰ってくると、もう気の早い親御さんたちが門の前をうろうろしていた。

私が優雅に友達と会っていた頃、
朝7時から19時まで試験会場に缶詰の上、ほとんど何も飲み食いする時間も与えられず、テストすると言うすごい試験を娘は受けていたのだった。
続きます。
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