日本もイタリアも猛暑が続く8月ですが、いかがお過ごしですか?我が家は恒例山の家に避暑に来ています。

標高1500mは夜は羽毛布団が必要なほど。

さてさて、すっかりゆっくり更新になってますが、前回に引き続き娘の士官学校入学の続きを

 12時丁度。校門の前に行くと、すぐに学校副司令官と、学年司令官との面談の部屋に案内された。

橋を渡って門左が検問所

学校副司令官からすぐに

「この学校は、単なる軍人養成だけでなく、イタリア海洋文化の継承という使命も担っています。ヴェネツィアの海軍遺産と、近代的なイタリア国家の制度を結びつける象徴的存であり、同校の制服、儀礼、施設は観光的にも注目され、イタリア国民の誇りとされることもあるので、自覚を持った行動が必要です。2002年、国防省の教育機関改革の一環として、モロジーニ校は正式にイタリア海軍の直轄機関になって、お嬢さん同様、軍人予備教育と一般教育を両立するエリート校として位置づけられています。15、16歳で初めて親元から離れて集団生活を送るわけで、初めの3ヶ月は1番大変だと思いますが、厳しい規律は守っていただく必要があり、それは親御さんも同様です。携帯電話の使用時間も外出面談の日にちも決められてますが、規則や、制限を守れない場合携帯の使用や外出できなくなる場合も初めのうちはよくあることですので、連絡がないからと言って、無闇に学校に問い合わせ等はなさらない様に。体調が悪くなったり、怪我をしたり問題があった場合は直ぐに学校から連絡が入りますから。また、過去親御さんの中には、学校の外周の植え込みに携帯電話を隠して、お子さんと連絡をつけようとされた方までいました。そう言ったことでは意味がありませんので、理解していただく必要があります。」 

携帯電話を隠す親の姿を想像して、ついニヤリ。

携帯を隠す親の勝手な私のイメージ

「ご両親としては、我が校の入学について同意されてますね?もし、お子さん方がこの学校についていけないという場合、最終在籍意思表示は10月5日ですので。その心づもりで。」とそのほかにも

身内には軍関係のお仕事の方は?などなど聞かれ、お隣の方はサルデーニャ島の空軍基地にお勤めの軍人さんのお父さん背筋がピンと伸びて受け答えも固いし、余計なことは一切口にしない。お母さんは私より一回り近く若そうで大緊張。こちらは、長年のイタリア生活で心臓に剛毛が生えているため、緊張どころか、興味津々で、人間観察中のアジアの私に、軍とは縁遠いリラックスムードの夫(どんなところに行っても自然体)と面談室の雰囲気がこんなに顕著に温度帯が分かれているのも珍しい。質問を振られたので、

海軍寄宿学校フランチェスコモロジーニ

「常々イタリアの規則の緩い学校については疑問もありましたので、人生の一定期間厳しい規則の中で生活できるというのは親としても嬉しく思ってます。特に私たち日本人は規則と言われたら、守る国民性ですので、厳しくやってください。」

そして被せる様に夫

「こんな感じでね、娘は厳しい規則好きな日本人の母親に育てられてますから、打たれ強いし、打てば芽が出るタイプでまあ補欠合格で入ってますけどね、リーダーシップを発揮して頭角を表すと思いますよ。それに日本人国籍を持ってる子がはいるのはうちの娘が初でしょう。アメリゴベスプッチも初めて日本に行ったことだし、イタリア海軍は日本に縁がある年ですねはっはっは」

と絶対余計なことを付け足してしまう夫。また、一般的にイタリア人というのは身内を褒めるのを恥ずかしくは思わずどころか、過剰に見内を売り売り込む。引き続き夫の無駄話のおかげで場の雰囲気はかなりほぐれたところで、着替えをした娘と、門のところであった男の子が係の下士官に連れられて入室。

「事務手続きの確認とお別れをしてください。時間は10分です」

一言め娘小声で

「ねえ、マンマ、アンコーナで受験が一緒だった子にトイレで会ってさ、何で入ってきたの、こんな学校私、絶対やめてやる。ここは狂人しかいれないよ。明日にでも両親に迎えにきてもらうって言ってたんだけど!!どうしよう。」と言う

校内の雰囲気のある廊下

「一定期間は我慢しなさい。最初の3ヶ月さえ過ぎれば、みんな学校にいるのが嬉しいっていうらしいから。規則は破るものじゃなくて、特にこういう学校ではどれだけ忠実に守れるかがいやすくなるかどうかの鍵なんだから。あんたは規則好きな日本人の私が育てたんだから、他のイタリア人より、慣れるのが早いはずよ。頑張りなさい」と喝を入れ、必要事項の話先週辞めた子が全ての教科書(イタリアは学校ごとどころか担当教諭によって使う教科書が異なるため持っていかなかった)があるので、それを買い取って使うことにしたこと、髪をまとめるネットや靴の中敷の購入など不足品のリスト、荷物Amazonなど含むの受け取りはできるけれど、食べ物は送ってはいけないなどなど事務手続きの話であっという間に10分、大号泣になるのではと心配していた息子も何とか、大粒の涙ひとつこぼして、早々に学校を後にした。

帰りは大した荷物もないので、ベネチアサンタルチア駅まで歩いた。

帰る道すがら

「案外あっけなかったね。16年の子育て、ひと段落した感じだね。」と夫と言いあった。

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