ベネチアの海軍士官高等学校に入って、初電話の開口一番「支給された半長靴(革製)が硬くて、靴づれがひどいから、靴づれ防止パット持ってきて、よく眠れない、足がつる」などなど。夫が会いに行ったほうがいいのか?と聞くと日曜日は外出できるからベネチアまで来て欲しい。と即答。私としてはもう一週後と思っていたけれど、これは辛そうだ。というので日曜の朝早く、夫と息子と3人でベネチアに向かった。

ベネチアの運河は仕事の人も船移動

日曜日は校内の教会でミサ(校内には神父さんもいる)があり、身体訓練後、外出用の制服に着替え、指導司令官に服装チェックを受け、12時過ぎにやっと外へ。とはいえ、制服が支給されるのは、10月頭。パンツスーツを着て、学校の徽章が入った大きな学校の手持ち鞄を持った娘が出てきた。夕方の列車までそう時間はないので、学校近くのレストランを予約してお昼を一緒に食べた。夫が娘になんでも話を聞くよ。というと、「私は将来海軍に入るつもりはないからモチベーションが低いから元の学校に帰ったほうがいいかもしれない。」と言い始めるではないか!

よく話を聞くとどうやら10月5日の入学意思決定の書類にサインするまで、入れ替わりが激しく、指導教官、先輩から「ここは海軍士官に相応しい人間になるようの教育を行うところだ。モチベーションが低いから辞めるものが続出している、他にもそういう奴がいたらさっさと辞めろ」というような言葉が常套句になっているらしい。士官学校では女子入隊許可になってから、身体に触ることは禁止。そのため殴られたりすることはないらしいが、その代わりと言ってはなんだが、先輩から海軍についての色々な質問をされ、それに答えられなかったら、勉強そっちのけで、海軍の階級、軍艦の種類、歴史、などなど色々について調べて準備しておかなければならない。ま、これが伝統なんだからしょうがない。もう一つ絶対的にしてはならないのは、嘘をつく事。先輩から軍人になるつもりはあるのか?と聞かれたらどうしよう。私にはこの学校にいる資格があるのかというジレンマ的なものがあったらしい。

ベネチアの路地はいつでも楽しい

「入ったばっかりで、必ず素晴らしい軍人になりますなんて、言える方がおかしいんだから、今最善を尽くしているところです。って答えとけば悪いようにはならないでしょ。」というと

「毎日が素晴らしい。全てが憧れだった。みたいなこと言ってる子がいるんだもん。私絶対そんなふうに思えない!」

そこでピンと来た私。

「みんなそうじゃないでしょ?同室の他の子はどうしてるの、どんな子達なの」と聞くと、

「部屋の連帯責任があるからみんな親切で、教えてくれたり、手伝ってくれたりするんだけど、1人はクラスの主席で、絶対間違っちゃいけないって思っているから部屋に入ってくると抜け殻みたいに表情がなくなってるし、1人は涙が止まらなくって、部屋に入れば泣いてるし、もう1人は毎日親に迎えに来てもらうって騒いでる。その子たちに言わせれば、泣いてない分、初めの1週間上手く行ってるほうだって色んな人に言われたけど、毎日眠れないし、靴づれは痛いし、毎日ダッシュさせられて、毎日足が攣って痛くて最悪だ。」

としっかりクマができた顔でいう。

初めの体力作りは全員陸上競技数
ヶ月経つと得意な競技に振り分けられる

「あのね、みんな辛いんだよ。素晴らしい最高って言っている子は、自己暗示かけてるんだよ。そうでもしなきゃやってられないでしょ?あんたも泣いて子の顔見たら辛いでしょ。そしたらあんたは笑ってなさい。教えてもらったらにっこり笑ったら部屋の雰囲気だけでも良くなるでしょ。あのね、日本じゃ新学期新入生、新社会人はみんな新しい革靴で靴下に血滲ませて歩いているのよ!靴づれパットしっかり貼っときなさい。きつい部活入ったら足攣るなんて普通のことよ!しっかりストレッチして、マッサージして水飲みなさい!寝られないって言ったって、ぶっ倒れてないんだし、最悪疲れちゃって休みたくなったら、保健室に仮病で駆け込んで1日寝れば治るんだから、上手くやんなさい。3ヶ月は家に帰るのを許さないわよ!」

と叱り飛ばし、母はこりゃ説得の余地なしと思ったのか、父親に

「帰りたくなったら、いつでも帰ってこいって言ったじゃないか!」と怒る娘。

「うん、言ったよ。ただし、死にたくなりそうになったら帰ってこいって意味だけどね。お前、入学できたことがどれだけ運が良かったかまだわかってないのか?乗り遅れたと思った電車が遅延でホームに入ってきたら、絶対乗るだろ?同じことだ。チャンスを逃すんじゃない。マンマが言うようにクリスマスまでは辞めない事。11月の連休に帰って来れるんだから良いじゃないか。」

そう言った時の娘のダメだこりゃ帰れない、と俯きながらすごい目つきをしていたのを忘れることはないだろう。そして負けず嫌いな彼女は

「普通の親だったら、優しい言葉をかけるのに、説教するなんてありえない。」と捨て台詞。泣き出したりするタイプでは絶対ないのである。

「あのね、生まれた時からどんな親か知ってるでしょ?優しい言葉なんて、出てくるわけないでしょ!そんな甘い親ならこの学校には入学してないよ!」と口を揃えて言う私と夫。ともかく後は他愛のない話をして、駅まで歩いて行くことに。

重そうな鞄。制服が支給されるまで外出時は必ず鞄持参

「今1番辛いのは、色んな上級生が怒鳴ること。朝の支度が時間内に終わらないこと。得意なのはテーブルマナー。褒められたよ。陸上競技特に短距離走は大っ嫌い。学校の授業は外部から先生が来るから、背筋がまっすぐになってないとか怒鳴る先輩もクラスにはいないし1番楽な時間なんだよ。」と娘。

「えー学校の授業が1番楽なんて話初めて聞いた。」と皆んなで大笑い。

「走るのなんて若いうちは走ってりゃ慣れるから、元陸上部短距離の母にそんな愚痴言っても無駄よ。朝の支度なんて、一日30秒づつ早くしたら1週間で3分近く早くなるじゃない頑張んなさい。とまた葉っぱをかけ、「制服ができたら写真送ってね。」とサンタルチア駅前で別れた。ここで涙目になったのはまたしても弟だけ。

娘の新しい生活は始まったばかりだ。

続きます

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