2021年葡萄作業 その3 煮詰め作業

葡萄を絞る作業が終わると、ここからがワイン醸造とは全く違う、バルサミコ酢造りだけの作業に移る。葡萄の果汁を煮詰める作業だ。

バルサミコ酢の大きな特徴は、酢なのに甘味が残っているところだろう。バルサミコ酢の大きな特徴である芳香の第一ステップもこの煮詰め作業から始まる。

ここからちょっと化学的な話

絞った葡萄の果汁を大釜で煮詰めることによって、糖類が熱と反応し、芳香アルデヒドの一種であるフルフラールを形成する。

こんなふうに書くと一体何の話?となる読者も多いだろう。プリンのカラメルソースをイメージして欲しい。水に砂糖を煮溶かしただけのシロップ(ガムシロップ)には無臭と言って良いほど、香りはないけれど、プリンのカラメルソースには鼻に抜けるような芳香がある。

もちろん香りがよくなるからと言って、プリンのカラメルソースのように葡萄液を焦がしてしまっては、苦いバルサミコ酢ができてしまうからそれはご法度。ではどうするのかというと、大釜を使って直火で煮詰めるという作業を行うのである。古くは薪、現在ではガスの火を使って煮詰め作業をする。どうしても火は下からということになるので、鍋の底の火力と近い部分は高温になり、焦げないまでもフルフラールが形成されやすい環境が出来上がる。

もちろん液体は温度の高低差があれば対流が起こるので、大量の水分を含む液体が入っている鍋の中では、そこが焦げ付いてしまうことはないが、液体は煮詰め作業を行うにつれ、白い葡萄を使っても褐色へとどんどん変化し、とても良い香りが庭中に広がる。

左が絞ったばかりの葡萄液。右に詰め始めて数時間経った葡萄液

皆さんもきっとジャムを作っているときなどにある時点から、家の中がジャムのいい香りに満たされるのを感じたことがあるのではないかと思う。それと同じ原理なのである。

それからもう一つ忘れてはいけないのが、メイラード反応。こちらは糖とタンパク質(アミノ酸)を加熱したときに行われるアミノカルボニル反応の一種で、こちらも糖とアミノ酸の種類によって、複雑な香気成分の生成させ、褐色色素が生じる。わかりやすい例を出すと、肉を焼く、玉ねぎを炒めるなどの色の変化、また醤油や味噌の醸造中の褐変もメイラード反応によるものなので、バルサミコ酢造りにおいては、まず葡萄液の煮詰め作業、熟成期間中にもこのメイラード反応が進むと考えられ、バルサミコ酢独特の色である褐色へと導いていく。

バルサミコ酢の樽の中の液体の色の変化

前述の二つの反応は、酵素は関係ないけど、葡萄のには酵母や酵素というものも働くからどんなに白い葡萄を使ってもどんどんと褐色に変化していくから褐色のバルサミコ酢が生まれるというのがわかっていただけたら嬉しいです。

葡萄の可能性というのは本当に大きくて、バルサミコ酢造りというのは科学的なことを突き詰めれば突き詰めるほど奥が深くて面白いのですが、実際の作業現場はものすごく重労働。やーっと絞った葡萄の汁は電動ポンプで絞った先から大釜へ。流石に400Lを越す液体を手作業で移すのはもう体が持ちません。

大窯に葡萄液を入れる

大体この作業が終わるのは夕方で、全ての液体を移し終わった後は蓋をして、次の日の早朝に火を入れる準備をします。

点火は朝の5時ちょっと前。まだ真っ暗な中、蓋を取り、強火で約2時間すると大量のアクが表面に浮いてきます。

灰汁が固まり始めたところをすくう。灰汁だけでも毎回20kgほど

それを全て取り除いて火を弱め、表面が動くぐらいに火力を調節しながら煮詰めていきます。葡萄の糖分にもよりますが、大体火を弱めて12時間後くらいに作業終了。その間、葡萄の収穫に出かけ、葡萄を絞る作業を並行して行うので、一日中作業している感じ。煮詰まる頃にはすっかり日も暮れて、辺りは真っ暗。煮詰めすぎてしまっては、大事なアルコール発酵が起こらなくなってしまうので、煮詰め加減には大変に気を使います。

煮詰まるのは夜

褐色の艶のある液体を眺める時間もなく、熱々のモストコットをステンレスタンクに保管して、その日絞った葡萄の果汁を大窯に入れ次の日に備える。こんな作業が続きます。

雨が降れば収穫や絞る作業ができないので、おやすみになりますが、葡萄を煮詰める作業は続行。

雨が降ると収穫作業や絞る作業はお休み

今年は最後に雨に降られましたがおおむね良好。雨上がりにダブルで虹が見えてなんだか得した気分でした。

葡萄畑にかかるダブルの虹

今年もなんとか葡萄作業が終わったことに感謝して!

葡萄の収穫作業の様子はこちらから

      ↓ ↓ ↓

2021年の葡萄作業 その2、葡萄を絞る作業

摘みたての葡萄がトラクターに乗せられてやってくると,すぐに絞る作業に入る。

モスト(葡萄の果汁)の品質を保つためには、時間との勝負。手で摘んだ葡萄が入った容器は一つ30kgの重さがあり、毎回2224(総量660720kg)が運び込まれる。

トラクターの荷台から滑らせるように、除梗機に入れる。除梗機は葡萄から枝の部分実の部分を分けて、実を半潰しにしてくれる機械。葡萄の実は半分潰れていないと、圧搾機で絞れない。

除梗機の中はこんな風になっている

ワイン醸造なら、半潰しにした葡萄をタンクに入れて発酵させ、発酵したものを圧搾器で絞るのだけれど、バルサミコ酢造りはモスト(葡萄の果汁)を煮込む作業があるので、生のまま絞る。搾りたての白葡萄は綺麗な緑色。

葡萄生絞りジュース。飲み放題良いわね〜と言われる事もあるけれど、葡萄の収穫時の確認で散々葡萄の実を味わっている上、収穫や絞る作業でなんだか全身ベタベタで、甘い香りが立ち上っているから、葡萄ジュースでマリネされてしまった気分で、ごくごく飲みたい気分は失せてしまっている。はっきり言って早くお風呂に入りたい。

2人とも笑顔だけど、葡萄果汁でベッタベタ

あんなにあった葡萄を絞ると、大体460L強の液体で、500Lの大釜にぴったり入る量だ。

カッチャンカッチャンレバーで圧をかける作業

油圧式の圧搾器で、少しずつ圧をかけて絞るけれど、バルサミコ酢造りに使う葡萄の汁は苦味や雑味が出ないよう、圧搾器で絞り過ぎないモストフィオーレ日本語で言えば一番搾りの状態のものを使うから、搾りかすには種や皮意外にもまだ大量に水分が残っていて重いの何の。

 

これを圧搾機から取り出して、次の日に備えるのは毎回大仕事。この絞りカスはどうされるのですか?とよく聞かれるのですが、畑に戻して肥料になります。まさに無駄なし!

こんな風に置いておいて、土を耕すときに漉き込んでしまいます。

子供達は、昔からお手伝いしてくれてますが

 

1歳の頃前とは運べるものが進化しました。

今回は私と身長がほぼ同じになった13歳の娘、細いけどカンフーや空手で身体を鍛えるものすごい力持ちずいぶん手伝ってもらって大助かりでした。

まだまだ葡萄作業続きます。

2021年の葡萄作業 その1 マンマの風格は1日にしてならず。

2021年の葡萄作業。今年も無事葡萄の収穫作業を終える事ができました。

朝早くから夜まで、約10日に渡る作業、天候に左右されるため天気と睨めっこで作業を進めます。

私たちがバルサミコ酢に使う葡萄は、主にトレッビアーノという品種の甘さと酸味のバランスの良い白い葡萄を使う。8月下旬から定期的に糖度検査をして、収穫時期を決めています。

葡萄の糖度を測る動画はこちらからこんな感じで糖度を測る作業をしています。

今年は夏に入ってからというもの、本当に雨が少なく、葡萄の粒が例年より小ぶりで、糖度の上がり方も気持ち遅い感じだ。9月に入って、朝晩の気温差が大きくなるにつれ、糖度も随分と増してきました。23月の剪定では昨年よりも実がなるように芽を多めに残した結果、かなりの収穫量が見込めそう。

葡萄の剪定作業動画はこちらから

5ヘクタールある我が家の葡萄畑のバルサミコ酢に使う葡萄は全て手摘みなので、人員を確保が必要です。葡萄の収穫は朝8時半から11時。約650kg700kgを収穫し、摘んだ葡萄は数時間以内にすぐに絞る作業を行います。

まあ文章で書けばさっさっさーという感じですよね、が、そうじゃないんです!

まず人員確保。葡萄の収穫をしてくれる人がいない!バルサミコ酢で使う以外は機械摘みのため、手作業の要員は別途手配が必要なのである。トラクターの運転手を引き受けてくれるのは、葡萄畑の管理をお願いしているマルコ。その他に3人の摘み手が必要なのだが、この時期何処も収穫真っ最中。イタリア人のベテランさんは引っ張りだこで、数時間のためにはきてくれない。来てくれたとしても数日。季節労働者的な移民系の外国人の方を、色々な方から紹介してもらいコンタクトを取るも、前日の夜にドタキャン、朝来ないなどなどアクシデント続き。ここまで一体何人に電話したであろうか。。。結局私が入って総指揮を取り、葡萄のなり具合や、仕事ぶりを見ながら予定時間内に収穫を終了。次の日の集合時間や、仕事の開始時間を再度確認し、トラクターの荷台に積み込まれた葡萄を、家の敷地内の作業場へと運び入れ。

葡萄を絞る作業の準備をしていた夫いはく「牛を肥す事ができるのは主人だけ(イタリアの諺で主人の目が届かないと利益は出ないという意味)なんだから、頑張ってね」って!このようにしてイタリアンマンマの風格が確実に形成されていくイタリア生活。

葡萄を絞る作業は次回。

イタリア バルサミコ酢醸造を講義する

先週女子栄養大学の栄養学部の34年生の現代食文化論の特別講師を2時間100分に渡りさせていただきました。学生さん、教員の皆さんと35名以上の方の参加がありました。

2年前、特別授業をする機会をいただき、そのご縁でオンライン授業という運びになりました。

2年前の講義の様子

伝統的食文化の保存という観点からバルサミコ酢の醸造についてはもちろん、同じ栄養学を学んだ先輩として学生さんにメッセージを込めてお話してください。とのこと

モデナの場所や歴史、食文化を織り交ぜながら、伝統的な製法と工業的な製法のバルサミコ酢の違い。

我が家の伝統的な製法のこだわり。

手作業の葡萄作業について、動画で葡萄作業をご紹介

樽の移し替えの話動画はこちらから

樽の中では一体何が起こっているのか?科学的な見地や実際の色の変化。

同じセットの5つの樽こんなに色が変化していくのです。

バルサミコ酢の鑑定の方法。品質、製法による味の違いをどのように感じるのか?動画はこちらから

認証についてなど説明をさせていただいたあと、コロナ禍においての活動を紹介しました。

毎回オンライン物をやるたびに、起こる事なんですが、長く喋っていると

醸造室からライブ できるだけみやすいようにビデオカメラをWebカムにして、写真画像もスムーズに見せるために工夫しました

「聞こえてるかな?わかりやすかったかな?つまらなくないかな?」と不安になるものです。

大学の授業という事で、プライバシーの保護という点から、学生さんのオーディオはもちろん、ビデオもオフ。

反応が見えない.…

YouTobe動画も交えながら、どうやったら飽きの来ない授業にできるのか?伝えなくちゃ!と気をつけて熱を入れて話すのですが、ふっと素に戻る瞬間。だんだん頭の中がグルグルとなる一番恐ろしい瞬間がやってきます()

もちろん台本的なものは用意してますので、迷子にはならずに済んでますが。

受講した方はどうだったのかな。。

と思っていたところへ

今日、早速学生さんたちの講義の感想をいただきました。

その中から抜粋してご紹介します。

イタリアの本物のバルサミコ酢について知ることができて良かった。

こんなに手間のかかるものだとは知らなかった。伝統的製法のバルサミコ酢は時間も手間もかかり、一般的に販売されているものとは違うということを初めて知った。

イタリアのどこでも作れるというわけではなく、ごく狭い地域でしか作れないということを初めて知った。

イタリアのエミリア・ロマーニャ州それも、モデナ、レッジョエミリア、ボローニャの端っこでしか作られていない伝統的なバルサミコ酢

白葡萄から作られるものということに驚いた。

トレッビアーノという白ブドウが一番バルサミコ酢醸造に向いていると言われています。

何十年もかけて作るバルサミコ酢、一度味わってみたい

一度イタリアに行って見てみたい

味噌や醤油同様、気候風土が関係する発酵食品の面白さを感じた。

質問もありましたので、ここでお答えしようと思います

質問

同じバルサミコ酢を作る蔵によって常在菌が異なると思うのですが、味が違うのですか?

答え

はい、違います。鑑定士として、何種類ものアチェタイア(バルサミコ酢の醸造蔵)のバルサミコ酢を鑑定する機会がありますが、微妙に違い一つとして同じ味になっているものはありません。

1000サンプルほどここにありますが、全て味が違います。

質問

種類の違う木樽を使って作るということですが、樽の配列など決まりがありますか?

答え

いいえ特に決まりはありません。なので、各醸造所によって木の樽の種類は自由に決めることができます。なので、樽のセットによっても味が違います。

我が家では漏れの少ない西洋オーク材と栗など材質の硬い樽を主に使用しています。2番目に大きな樽40Lに変化をつけて桜、アカシア、桑などをを入れています。

質問 伝統的なバルサミコ酢は栄養成分も優れていそうですがどうですか?

答え 抗酸化作用があるポリフェノールがたくさん含まれています。また酸味は酢酸だけでなく、クエン酸、りんご酸、乳酸、酒石酸、など沢山の有機酸が含まれており、有機酸の身体への疲労回復や抗ストレスなどにも効果があると言われています。

モデナではその昔、バルサミコ酢の効用について

「死人も起き上がる」と言われ薬屋で高価に売られていたことも

希少性、芳香と複雑な味のバルサミコ酢。死人が起き上がることはないにせよ、昔からカリスマ性がある特別なお酢であった事は間違いないでしょう。

アンケート、感想を書いて下さった学生の皆さん、そして、早々にまとめて下さった担当の平口先生ありがとうございました。

イタリアでまた日本で皆さんにお会いできる日を楽しみにしています。

YouTobeチャンネル「Akane in balsamicland」ではバルサミコ酢醸造や、モデナの食文化などをご紹介しています。ぜひみて見てくださいね。

バルサミコ酢との出会いで人生が変わった?話 #5

年が明けてからモデナにあるエノロジカモデネーゼエノロジカモデネーゼという樽屋を訪ねた。

樽職人さんミゼッリさんとの出会いである。

子供の頃からお父さんの仕事を見て覚えたという、今では数少ない叩き上げの職人さんだ。70代というところか?バルサミコ酢の醸造について細かく、しかも科学的に教えてくれた。それだけではない、バルサミコ酢に傾ける情熱をも伝染させてくれたのである。

図を書きながら、説明してくれた。すると

未だに説明書きのメモがとってある

「貴方は生物学とか、微生物学を勉強したことがあるでしょう。」というのである。

「わかりますか?大学では微生物学もやりましたけど、専門は栄養学や、食品化学を勉強しました。」

というと、

「話にちゃんとついてきてるものそりゃわかるよ。貴方もっと知りたかったら、スピランベルト市にあるバルサミコ酢愛好者協会の主催する講習会に参加すると良い。残念ながら今年は講習会は始まっているから来年にでも是非参加しなさい。」という。

「貴方たち商売としてバルサミコ酢を作るのかい?早く稼ぎたいと思って始めるのかい?」

とよくわからないことを言うのである。

マックスが

「我が家には先祖代々伝わる樽があって、出来るだけ、伝統的な製法にのっとって、良いものを私たち夫婦の趣味で作りたいと思っている。本当に良いものは100年かかるでしょう。」と答えると

「人任せでなく、自分たちで作るんだね。」

満足そうに頷いて、

「それならば、新しい樽を買ったら、ゆっくりワインビネガーを樽に入れておきなさい。そしてそのうちにこちらのお嬢さんはしっかり勉強すると良い。」

と、まずは一度醸造室の場所を見にきてくれることになった。

早速次の日にミゼッリさんは我が家にやってきた。

まず、漏れのある家宝の樽の状態を見てもらい、修理が必要があるという。手で愛おしそうに樽の全体を触り

「こんな樽はおそらくまだ子供の頃、僕のお爺さんが仕事していた頃に見たことがあるくらいのものだよ。見てみなさい、このタガは鍛冶屋が一つづつ、手で打ったもので、こんな鉄のタガは今はないよ。こういう作り方をしたものは、錆も出ない。今ではこういうものは作れないんだよ。これは1800年代の前半いや、もっと前のものかもしれない。中が二重になっているから、中の樽は一体何年経ったものかわからないくらいだよ。ともかく大事にしなさいこれは歴史の遺産だから」と舅やマックスにではなく、私にしみじみ言った。

モデナのガラスと呼ばれた緑色のバルサミコ酢の樽の栓として使われていたもの。こちらも100年を越すものである。

これから新しく醸造室と思っているスペースを見てもらうと、

「これは良い醸造室になる。楽しみだ。この醸造室を見てあなたたちが伝統的なものにこだわる理由もよくわかったし、趣味で急がずに良いものを作りたいというのがわかったよ。良い樽を揃えさせてもらうよ。」と言い残して帰っていった。

続きます。

バルサミコ酢造りを動画で紹介しています。

ワインビネガーとバルサミコ酢の話

ワインビネガーとバルサミコ酢は両方ぶどうから作ったお酢。

その違いは何かと言ったら糖分を残すか残さないかその違いがある。

ワインビネガーはその名の通りワインから作るお酢。

ぶどうの汁をアルコール発酵をさせてワインにしたものを、酸素と酢酸菌の働きで酢酸発酵が起こり、数ヶ月から1年ほどで出来上がる。

一方バルサミコ酢は葡萄の汁を煮詰める。と言う独特な作業があって、その葡萄液を煮詰めた汁の糖分の半分をアルコール発酵させて、酢酸発酵を樽の中で何年、何十年もかけてゆっくりと行うと言う違いがある。

その昔、葡萄は貴重なもの。バルサミコ酢はその貴重な葡萄を煮詰め、何年も熟成させられる財力がある王侯貴族など裕福な階層の人にしかできない特権で、一般庶民には見たこともないようなお酢だった。今でもバルサミコ酢造りは、モデナ人のステータスシンボルであることに変わりはない。

モデナを治めていたエステンセ公爵、その昔ドゥカーレ宮の塔の中に立派な醸造室を持っていた

ワインビネガーの話に戻る。裕福層の家庭においてもワインビネガーは必需品。我が家だって、バルサミコ酢を醸造しているけれど、普段の食卓にはワインビネガーを主に使う。日本にいる頃は、刺すような酸味のお酢と言う印象で、ワインビネガーが美味しいと思ったことが正直なかった。

開眼したのは自家製のワインビネガーを食べてから。うちに見学にいらっしゃる皆さんも「え、こんなにワインビネガーって香りが良くて、美味しかったっけ?!」とおっしゃる。

日本市場に出回っている葡萄酢をはじめとする果実酢の農林水産省が提唱している基準値を見て驚いたことがある。「醸造酢1Lにつき果実の搾汁として300g以上であるものをいう。 」え?70%は何が入っているの?!っと言う疑問である。うーむ

そりゃあ葡萄果汁100%でワインを作って、1年以上酢酸発酵をさせて作ったワインビネガーが美味しく感じる訳である。

古代ローマ時代はモデナは良質のワインビネガーの産地として有名で、モデナの酢と言う呼び名があったとか。ローマ軍の進軍にエネルギードリンクとして、水、酢、モストコット(葡萄のシロップ)を混ぜたものを飲ませていたり、古代の料理書の中にはとワインビネガーとモストコット、魚醤を混ぜて作るソースの話。保存食を作るための防腐剤の役目、清掃をするときなどに殺菌剤として使っていたりその用途は多岐にわたってていた。ペストが流行した時も、病人のいる部屋を酢で拭き清めること。なんて言う記述もある。

私たちも醸造室にワインビネガーは不可欠。

樽の清掃には、洗剤などは一切使えないから、ワインビネガーで樽の周りを清掃している。カビが生えるのを防止し、殺菌もできる上、醸造室の空気中に酢酸菌が増える。願ったり叶ったりというわけ。

樽の掃除中

新しい樽を使えるようにするにも、このワインビネガーを1年間樽の中に入れて置いて、余分なタンニンを取り出したり、木樽の中に酢酸菌を植え付ける目的。そんなわけで、ワインビネガーは何百L単位で醸造室に保管してあるのである。

秋にモストコットを作る時に、葡萄の果汁の一番搾りの良い部分はバルサミコ酢にとってから、残りを搾り取ったらワイン醸造タンクに入れてワインにしてしまう。春先になったら、ワインになった液体を醸造室の300Lのワインビネガー用の大樽に全て入れて、ワインビネガーにしている。

もったいない!と思われるかもしれないが、香りはいいけれど、飲むには酸味が強すぎる感があるので、少々料理に使うくらい。しかしワインビネガーにはとても向いている。バルサミコ酢もワインビネガーもどちらも発酵食品で、どちらにも捨てがたい魅力があるのである。このワインビネガーファンの友人に懇願されて分けることもあるけれど、今のところ商品化はしていない。というのも、ワインを継ぎ足し継ぎ足しで作っているので、発酵が常に行われているような状態で、瓶に移し替えても無濾過、無添加だと発酵が進み、澱がたまったり味が変化したり製品として安定していないから、研究が必要なのである。

今回ガラス製の大瓶で実験してみます。

樽で何年も続けて保存しているから白ワインを使って作っても黒くなる。何年も樽の中でミックスされて熟成されているから、味の深みが増したワインビネガーなのだけど、これをじゃぶじゃぶ樽の拭き清めに使っている。ワインビネガーで清掃した樽は外側もいい香り。

うちのワインビネガーファンの友人たちが知ったら、もったいなーいと騒がれそうだけれど、バルサミコ酢醸造というのは、そう言うところからして贅沢の極みなのかもしれない。

今週の動画はワインビネガーを作る動画を夫婦でご紹介します。

バルサミコ酢造りに関するそのほかの動画はこちらから

 

バルサミコ酢造りに欠かせない、母なる樽

春の作業、モストコットの濾過作業を先日終わらせたけれど、作業は終りではなく、

『始まり』

ろ過したモストコットは秋からゆっくりとアルコール発酵しており,

液体の糖分グルコースがアルコールに変わっている。糖分が28Babo14Baboになっていたので、生成したアルコール度数は約8度。

このアルコールに酸素と酢酸菌が働くと、酢酸が生成される。8度のアルコールからは約8度の酢酸ができる計算になる。

10年以上も年数が経てば酢酸菌は揮発性なので、減少することを考えると、熟成の樽に入れる前にある程度の酸度が必要である。バルサミコ酢は『酢』であるのだから酸味がなくては話にならない。

そんな訳で、そのまず第一段階として、秋に作ったモストコットがしっかりとアルコールを作っていなくてはならない。アルコールができるということは、その発酵の過程で、エステル類をはじめとする香りの素が生まれる。これはワインも同じ原理。モストコットワインと呼んでもいいかもしれない。これを大樽に毎月一回9月、10月まで半年かけて少しづつ入れていく。

昨日はそんな作業の1回目をした。

何故一気に入れられないのか?というと、バルサミコ酢になるためには、製品の特性である甘味の糖分を残してあるため、一気に入れすぎると、お酢に変化せず、酸味のない中途半端な液体が出来上がってしまう。

その味何と言ったらいいか、酸化防止剤の入っているワインを開栓して数ヶ月経った味とでも言えばいいのか、バルサミコ酢とは似ても似つかない味になってしまうので、とってもデリケートな作業。無論長年樽を使っていくことによって、ある程度耐糖性がある酢酸菌ができるらしく、餌を待つ燕の如くモストコットを酢酸発酵して、お酢になってくれている様子。

2020年に作ったモストコットはしっかりと一年この大樽で酢酸発酵をさせて、醸造室の1番大きい樽に入るのは2022年の春。この大樽から醸造室の小さな樽へと移し替えられるので、母なる樽と言われる所以。

この大樽は友人が経営するモンテプルチャーノのサルケートというワイナリーから譲り受けたもの

毎年移し替えてミックスされた一部が1番小さい樽に入るのは2026年というわけだから、本当に途方もないお酢なのである。

バルサミコ酢造りに関する色々な動画の紹介はこちらから

モストコットの澱は夫婦の絆

春には毎年、伝統的製法のバルサミコ酢醸造で使う、唯一の原料としてモストコット(葡萄の絞り汁を煮詰めたもの)を濾過作業をします。

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アルコール発酵しているので、濾過した後のモストコットはビンサント(デザートワイン)のような素晴らしい味と香り。アルコール度数としたら8度前後。

これを飲むことはせず、すぐにバルサミコ酢の原料として使うため、酢酸発酵専用の大樽へ何回かに分けて移し替えます。

というのも、このモストコット糖分が残っているので、ワインの酢酸発酵のようにワインに種酢を入れたらできるというような簡単なものありません。

多量の糖分は酢酸菌の働きを邪魔するので、バランスが崩れると酢酸菌が死んでしまい、酸度が生まれず腐敗に傾くこともあります。

バルサミコ酢は酢ですから、酢酸菌が上手に働く条件を整えてあげるというのが私たち醸造をする者の仕事。

毎年新しいアルコール度数があるモスココット(酢酸菌の餌になるというとイメージしやすいかもしれません)を追加してあげないといけないため、9月に葡萄の収穫をして、ゆっくりとアルコール発酵を行い、春には濾過作業をします。

去年の作業の動画です

もうこの作業は14回目。思い出深い年はなんといっても、息子が生まれた2013年。415日生まれたため、ばっちり濾過作業の時期と重なり、タンクによじ登るためどう考えても臨月は無理そう。

まあ2人目だし、産後大丈夫だろうとたかを括り、生まれてくる前日まで濾過したモストコットを入れる樽を掃除をしたりしてました。それを見た姑がすんごいびっくり。止められましたが、予定日1週間前で、長女は予定日過ぎて10日目に生まれ難産だったためもういい加減に出てきて欲しいから、やってるので大丈夫と働き回っていたら、次の日の早朝安産で生まれてきました。

この写真は生まれてくる12時間前

が、誤算はこの作業、かなり重労働。産後2週間後にやるもんじゃないというのが私の結論。流石に作業後、1日起き上がれなくなりました。

他人に任せたのでは色々な状態を見ないと納得したものにならないため、夫婦力を合わせないとできないバルサミコ酢。

まあ結婚生活もモストコットのようにオリも溜まれば香りも味も増す。バルサミコ酢のように年数が経って円熟したい物です。

今年の濾過作業の様子はこちらから

樽の移し替え作業

バルサミコ酢の移し替え作業

一年に一番寒い時期に、1番小さな樽から最終製品を取り出し、それから数ヶ月後本格的な春の訪れの前、酢酸菌が目覚め始めるころ、私たちは移し替えの作業を行います。

真冬の間は、醸造室は静か香りも穏やか。少しずつ気温が上がり始めると香りが立ち始める。面白いもので、あ、起きてきたなと感じます。それは庭のマーガレットヤ、オオイヌノフグリが咲き始める頃と同時期。やっぱりお酢も生きているんですね。

バルサミコ酢を醸造するにあたり、1番独特な作業がこの移し替え作業ではないかと思います。バルサミコ酢を伝統的な製法で熟成させるには、寒暖の差が激しい屋根裏部屋に置く必要があり、夏は酢酸菌が活発に働き、寒い冬の間は酢酸菌は働かず、休眠状態にさせることが不可欠です。なぜなら寒い冬の間に、澱が樽の下に沈み、光沢と輝くような褐色の液体へとさせるため。

そんな時期を寒い過ごしたバルサミコ酢は、春、酢酸菌が目覚める頃、大きい樽から小さい樽へ順繰りに、バルサミコ酢を移し替える作業を行います。

最低でも大小容量の異なる5-9個の樽が一式とし、一定期間の熟成後、1年に1度移し替え作業を行います。小さい方の樽に隣の樽から蒸発した液体分を補充します。

私たちの醸造室の樽は大小、大きさの異なる5つの樽を1セットとして構成されており、樽の上部に開いたコキューメという蓋の部分からは勿論、樽壁に染み込み、外に蒸発する年間の量は10-20%と気候に左右されやすく、毎年一定ではありません。この移し替え作業を経て、12年経った時点からバルサミコ酢を採取できるようになります。その量は最小樽の8%以下が望ましく10Lの樽からは800mlも採れないのです。ざっと計算して、我が家の13年熟成のバルサミコ酢、100mlの中に使った葡萄は2Kg。しかも13年、13回の葡萄の収穫がゆっくりととても長い時間発酵13年の醸造作業の積み重ねと、時間の経過の間に木樽に入ったバルサミコ酢はゆっくりと時間をかけて濃縮し、粘度が増し、木材と酵母と酢酸菌の複雑な相互作用により芳香が増します。もちろん、セットの5つの樽の中身は1番大きいものは1番新しい成分が異なり、香りも、粘性も味も全て異なります。移し替え作業をすることによって、樽が小さくなるごとに熟成が進んでいくのです。

ワインの製造では樽にワインを入れて蓋をして、熟成を行い、樽は数年で廃棄されますが、バルサミコ酢は毎年、樽の手入れを怠ることなく移し替え作業を繰り返し、50年、100年と使い続けることによって、芳香が高まり、価値が上がるのです。言ってみれば、樽無くしてバルサミコ酢はできません。

ワインは瓶詰めをして時間が経てば経つほどと価値が上がるものがありますが、バルサミコ酢は樽の中だけで熟成します。何故なら毎年の移し替え作業があってこそ酢酸菌、と酸素との働き、葡萄や樽の木に含まれるフェノール類の重合作用など熟成に必要な様々な要素が複雑に絡まり合い熟成が起こるためなのです。揮発性の酢酸菌は長い長い熟成の中で量が減っていきますが、有機酸がどんどん増えていきます。そのため空気の流れが生まれない瓶の中では熟成は止まります。

そのかわり瓶の中では瓶詰めされた品質の状態が保たれます。科学検査を行った結果、完全に密封された容器の中では50年以上経ったものでもその品質に変化はなかったと言う報告があるほど。本当に長い期間熟成されたバルサミコ酢には賞味期限は必要がない。と言うのが醸造家の共通した意見ですが、市場に出す場合法律で賞味期限の表示が義務付けられていますので、一般に伝統的な製法で作られるバルサミコ酢には10年の賞味期限を表示する事になっています。

さて、今年も移し替え作業を主人と2人しました。こんな手作業なの!と思われるかもしれませんが、そうなんです。樽の中の上下の状態が違うバルサミコ酢をかき混ぜすぎないようにやるには電動ポンプなどを使えませんし、取り出す液面の高さは樽の大体真ん中あたりから。補充する液面の高さは指の高さなど小さな蓋の部分から微調整を行うにはこの方法が1番。動画を作りましたので、ぜひ覗いてみてください。

YouTobeチャンネルはこちらから

 

 

葡萄の剪定

毎年2月から葡萄の剪定を始めます。本格的な春が始まる前までに終わらせなければならない大事な作業です。

なぜ剪定をするのか?

樹勢をよくする

実つきを良くする

木の病気等のチェック

という目的があります。

やたらめったら切るのではなく、主枝から出ている枝の芽をどのくらい残すのかは、前年の収穫量や、葡萄の木の状態を見ながら剪定の方法を選択します。

ちょうど2種類の剪定方法をしていたので、せっかくなので図解します。

こちらは新芽を3つ残して剪定しておく方法 (短梢剪定)

樹勢を整えるために行います

こちらはもっと長く79芽残して剪定する方法 (長梢剪定)

木の状態がいいので、今年はもう少し実をならせようという事で長めに残して、上に伸ばしっぱなしにすると枝や葉っぱばかり繁るので、下に枝先を誘引します。こうすることで、実がなった時に負担がかかりすぎないようにする効果もあります。

こんなふうに木の状態から秋にちゃんと収穫量がどうだったかまでわかっていないと、適切な剪定が行えないのです。他にも主枝も思い切って先を2030cmカットすることもあります。

うちの葡萄畑はスタイルが古め。なので、葡萄の背丈が高く、驚く方もいます。それでも、モデナのこの地域以前はもっともっと高く高く栽培して、梯子に登ってでないと収穫できないような葡萄畑が主流だったようです。

ローマ時代まで遡れてしまう葡萄の栽培。遠い昔は量がたくさんできる=優秀な葡萄畑

モデナの大地はどんどん枝を伸ばしても葡萄を量産できる肥沃な土地。ローマ帝国の記述にワインとワインビネガーの優秀な生産地として記述が残っているほど。

今でもブリックパックに入ったワインはモデナ県のあるエミリアロマーニャ州で生産してますし、ワインの生産量はイタリアNo. 1。バルサミコ酢造りに使う葡萄は全て手作業ですが、ワインを作る分は機械摘みをしますから、葡萄畑の畝幅も大きな重機が入れるように広く作ってあります。剪定に剪定をする他州の葡萄畑の作り方とは少し違うのです。

それでも最近ではもっと木の間隔を狭めて、短く幹を太く栽培する方法がこのあたりでも主流になってきているようです。樹勢を維持しやすく、病気になっても対応しやすいとか。

だんだん葡萄畑の植え替えの事も考えなくてはいけないから、これから栽培方法の見直しも視野に入れつつ、葡萄畑についても色々勉強中です。

今週の動画は今まさに剪定中の葡萄畑から。葡萄畑の周りにいる動物たちも登場します。

のどかな田舎を覗いてみてくださいね。

明日2月21日から伊勢丹 新宿店 daRoma 店頭でhttps://www.eet.co.jp/

私たちの13年熟成のバルサミコ酢が販売を開始します。

大事に大事に作ったバルサミコ酢。こんな剪定作業の繰り返しを13年、13回分の葡萄の収穫私たちの情熱と時間が100mlの小瓶に凝縮しています。たった200本ですが、私たちには子供を嫁に出すような気分。モデナの伝統を味わっていただけたら幸いです。